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2-02 シュウの思い
その日はいつもと違って、朝も早くから店舗の方で声が聞こえた。仕込み中の父は寡黙であったはずだと、苫己シュウは思う。
今朝はちょっと寒いわ …… 天気がいいのね
シュウは自室から階段を降りると、若干寝ぼけたままの足どりで、店先へ向かう通路をぬけた。
菓子店「トマキ」
シュウの家とは、父の営む小さな洋菓子店である。”旧区”の中心から若干東寄り。伏田白神社へと向かう通り沿いに小さな店を建て、元々はシュウの両親で始めたものであった。「母さんの方が熱心に店を作りたがったんだ」と、シュウは父から聞いている。
ちなみにトマキの売りは、山間の里で豊富に採れる果物を使った、四季折々の特製シュークリーム。季節ごとに素材が変わることは手間だが、それを楽しみにわざわざ訪れる客もいるという。
ブラインドの閉じられた店先へと出ると、ほのかな甘さがシュウの鼻をくすぐった。
苫己家の、家の匂い。
「父さん?」
シュウが店の調理場を覗き込むと、見慣れた二人が忙しく立ち働いている。おはよう、と父。それから、通いの女性店員。
薄野ハツカといった。
「あれえ、ハッカさん」
「おはよう!シュウちゃん、早いのね」
一時手をとめて迎えたハツカ。髪を後ろに束ねて、背丈はシュウよりも小柄である。「笑うと愛らしいのよね」とは、昔からシュウが抱いてきた印象だった。今年三十五歳になるという。
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