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「な、…なんという、…っ!?」
平和な催しを一転させた乱暴な闖入者に大勢集った客人たちがどよめく。
しかしアキコは帝都の要人たちには目もくれず、一心にユイだけを見据えていた。バズーカと呼ばれる大口径の携帯式発射筒を肩に抱え持ちながら。
「その女は人狼よ。これが証拠よ」
誰も何をする間もなかった。
次の瞬間、バズーカ砲から放たれた砲弾がユイの身体を突き抜けた。
「ユイ、…っ! ユイ様っ!!」
何が起こったのか分からなかった。
純白のドレスが血に染まっていく。
京月院スミカが狂ったように自分を呼ぶ声がする。
群衆はパニック状態で、悲鳴や怒号、仰々しい物音がする。
「油断しちゃダメ、その女は人狼よ。この程度の弾を受けても簡単に再生するわ」
混乱に慄く人々を前に、羽菱アキコが大声を張り上げる。
「一体何を、…っ!?」
「その女の足取りを調べたの。素性が全く分からない。おかしいでしょう。ある日突然現れる人間がいる? それで突き止めたの。先の満月の晩。その女は人狼に連れられて帝都にやってきた。人狼に抱かれて空から降りてきたのを見たって人がいるの。そいつは人狼なのよ。人間に化けているけど、人狼のスパイ。そいつは私たちを喰らう殺戮者よっ」
羽菱アキコは興奮状態で喚き立て、呆然とする群衆の前で、再び砲弾を放った。
「殺せ、殺せっ。人狼の女を粉々に吹き飛ばすのよっ」
狂ったように叫ぶアキコに応えるよう、馬車から無法者たちが庭に銃弾を撃ちまくる。辺りは瞬く間に惨劇が広がった。
ユイの身体を衝撃が襲う。
弾き飛ばされるように倒れ込んだ。不思議と痛みは感じなかったが、身体中燃えるように熱い。
息が苦しい。目がかすんで前が見えない。意識が朦朧とする。
こんな風に、人間に撃たれるなんて思っていなかった。
ユイは人間だけど、人間にも受け入れてもらえない。どこにも行けない。
…ロウ。
もう会えないのなら、どんなにツラくてもそばにいれば良かったかな。
困らせることになっても、好きって言えばよかったかな。
命の危険を前に、思い浮かぶのはロウのことばかり。
どんなに遠く離れても、忘れようとしても、ユイの中には、ロウしかいない。
強く勇敢で、この上なく優しい。
時々意地悪だけど。
ユイを呼ぶ声も。触れる手も。匂いも。温もりも。
「だいすき、…」
ロウの全てが好きで。好きで。大好きで。
せっかく一緒に生まれてきたのに離れなければならないのなら。
生まれる前に戻るのもいいかもしれない。
ロウと一緒に過ごすことを夢見て。誰よりも近くで眠る。
ユイだけの特別な場所。
ユイだけの大切なロウ。
急速に目の前が暗くなり、混沌の闇間に落ちていく。
何も見えない。何も分からない。
でも怖くない。
なぜなら、…
「…俺から離れるからだ、バカ」
意識が途絶える直前、ほんの一瞬、大好きなロウの温もりに包まれたような気がしたから。
それは最後に神様が見せてくれた幸福な夢だったのだろうけど。
やっぱり一秒だって忘れられない、忘れたくない、愛しいロウの心地よい腕の中で、この上なく大切そうに抱きしめられた気がしたから。
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