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Ⅳロウの章【探求】
人間の男がユイを追い求めて人狼の森にやってきた。
ということを、健やかに眠るユイはまだ知らない。ユイに知らせれば、全てを投げ捨ててその男の元に行ってしまうかもしれない。
ユイの身体は薄っすらと傷跡が残るものの、ほとんど完治している。もうロウが付いていなくても大丈夫だし、どこにでも行ける状態なのだ。
そのことは伏せているけれど。
治療と称してユイを求めすぎて、嫌がられているのは分かっている。
分かっているけど手放せない。ユイとの睦び合いは至福に過ぎる。
たおやかにしとやかに、ロウを求めて赤く色づき、膨らんで張りつめて震えて弾ける。ロウに触れるユイの身体はどこもかしこも極上で、甘い唇も、柔らかな肢体も、きつく包み込んで離れない内側も、癖になる。全然足りない。触れても触れても欲しくなる。強力な麻薬だ。
ロウはすっかり中毒症状に陥っていた。
もっとも、ユイに手を出せば、こうなるだろうと分かってはいた。
だから耐えに耐えて、人間社会に出て行った時も黙って見守っていたのに。
今更。こんなにユイと深く繋がり合った後で手放さなければならないなんて残酷過ぎないか。
そりゃあ人間と添い遂げようとするユイの望みを無視して、強引に関係を持ってしまったわけだけど。緊急事態だったし、それについてはユイも納得しているようだし、致し方ないと言えるだろう。
ユイがどんなに可愛くロウの腕の中で昇り詰めるか、どんなに感じやすくて従順に応えるか。ロウの中にユイとの繋がりが深く刻み込まれ過ぎて、もう絶対に他の雌とは出来ないと思う。
今更ユイを人間に渡すなど、…
到底考えられないが、ユイが望むなら。
ロウは自分を殺してそれを受け入れるしかない。
「俺が行く」
人間の男が迎えに来たことをユイに伝える前に、ロウは森の麓まで降り、そいつに会いに行った。
「私は京月院スミカと申します。ユイ様に惚れ込んで、屋敷に招いていましたが、凶行からユイ様をお守りすることが出来ませんでした。そのお詫びと供養を致したくて、…」
身なりの良い人間の男は、白き人狼であるロウを前に、恐れ慄いているようではあったが、それでも退かずにしっかりと主張した。
このてらてらした服がいいのか。奇妙な形の帽子か。体毛が薄いところか。腕も足も細くて折れそうなのがいいのか。
人間の男はロウがひと噛みすれば簡単に死んでしまうほど弱弱しく、能力的にも優れたところは見当たらないが、ロウは生まれて初めて他者を羨ましいと思った。
人狼の中でも唯一絶対的な力を持つボスであり、誰よりも優れた能力を持っているが、それをすべて捨てても、目の前のこの男になりたいと思う。
ユイが選んだ人間の男に。
「ユイは生きている」
感情を殺して淡々と告げると、人間の男は驚愕に打ち震え、その場にへたり込んで滂沱の涙を流した。
「ユ、…ユイ様、…っ、生きて、…っ、生きてっ!! …ああっ、…あああああ――――――っ」
俺が番ったからだけどな。
などと思ってみたところで、何の優位性も感じない。
人間であり、ユイに選ばれた男というだけで、目の前の男の完勝なのだ。
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