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ユイに知らせなければならない。
この男のことをユイに知らせて、ユイをこの男に委ねるのか、と思うと死にたくなる。
未だ完治していないと引き留めても、いずれ、時間の問題だ。ユイを手放さなければならない。
「お前はいいな、ユイに愛されて」
結局、それが全てだ。異種族だとか血縁だとか後継ぎだとか、そう言ったものは取るに足らない。どんなに能力に優れていても関係ない。
思わずロウがつぶやくと、京月院スミカと名乗った人間の男は、驚いたように目をいっぱいに見開いた。未だむせび泣いた涙の跡が見える。
「え、…愛され、…? いえいえ、まさか。完全なる私の独りよがりです。ユイ様には他にお慕いしておられる方がいらっしゃって、…」
「…は!?」
涙の粒をさらしたまま、目をぱちくりさせている京月院スミカを前に、ロウは思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
ユイが好きなやつは他にいる!?
「いやでもお前、…番おうとしていなかったか?」
「それはその、見せかけの祝言で、そのように周知した方が、ユイ様を守れると思ったのです。まさか羽菱があのような凶行に及ぶとは、…」
スミカは深く自省しているようだが、ロウはそれどころではなかった。
「誰だよ? ユイが好きなやつって?」
思わず声に出していた。
まるで思い当たらない。
京月院スミカではない、別の人間か。しかし、この男以外にユイと近しかったやつがいたか。
「私は存じ上げないのですが、…」
なんだと?
そんなお前、一番重要なところを、…
「叶わぬ恋のようでございました」
京月院スミカが儚い笑みを浮かべ、ロウは胃がキリキリ痛むのを感じた。
そうか。
ユイは叶わぬ相手に恋をしている。それは、…
ロウのような状態にユイも陥っているということだ。
どんなにツラいことだろう。
ユイには幸せでいて欲しい。
自分の思いが届かなくても。ユイが幸せならそれでいい。
そのためなら、何でもしてやるのに。
「なんで叶わないんだ?」
もはや同志となった人間の優男に尋ねると、奴は頼りなく首をひねった。
「詳細は存じませんが、ユイ様は帰れないと仰っていました」
帰れない? 相手は人狼なのか?
人狼は基本的に人間を餌としか見なさない。
ユイは人狼の娘だから、群れの奴らは餌とは思わないだろうが、番うべき伴侶とも思えないだろう。
ロウの父親とその前のボスは相当に稀有な存在だったと言える。
いやでも、相手が人狼なら、そいつ噛み殺そうかな。
そんなことしたら、ユイが悲しむか。
いやでも、俺より優れた人狼はいないが?
まあ、能力の優劣は恋心に作用しないか。
「あの、…人狼様」
黙り込んでしまったロウにスミカが声をかけると、
「ああ、うん。そうだな。ユイを連れて来よう。お前も、…強く生きろ」
「はあ、…」
類まれな美しさを持つ白き人狼に、なぜか励まされた。
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