Ⅳロウの章【探求】

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まあいい、とりあえず。 ユイの相手は気になるが、あの人間の男が相手ではないのなら、今すぐにユイが人狼の森から出て行ってしまうことはないだろう。 ロウは山を下るときとは一転して、軽やかな気持ちで森の奥にある洞窟の居城に戻った。 今や同志となった京月院スミカを連れてきてやっても良かったが、狩猟本能に駆り立てられた仲間がなぶり殺してしまう可能性は捨てきれないから、安全のために置いてきた。なにしろ、あいつは意外といい働きをしたからな。 下るときの二倍の速さで居城に戻ると、何やら城が騒がしい。 嫌な予感がして一目散に居室に飛び込むと、 「…ユイ?」 ベッドはもぬけの殻で、健やかに眠っていたはずのユイがどこにもいない。 「ユイっ!」 心臓が凍り付く。 洞窟の居城にいる限り、ユイの安全が脅かされることはないだろうが、人間社会に出て行った時のように、群れから離れれば何が起こるか分からない。 「…ボス」 ロウがユイの気配を辿って城から出て、探しに行こうとすると、ロウと一緒に居城に戻り、一足先に状況を確認してきたらしい側近のシュンに呼び止められた。 「ユイが凍湖(とうこ)に落ちて行方不明だそうです」 「は、…!?」 やばい。心臓が痛い。全身の毛が逆立つような恐怖に飲まれた。 「ヴィルが行方を追っているようですが、…」 報告を聞きながら、幾分離れた北の高山にある凍湖に急いだ。 ある程度負傷しても、白き人狼であるロウは人間のユイを癒せるだろうが、心臓が動きを止めてしまったら、それから時間が経てば経つほど、蘇生させるのは難しくなる。ユイが凍湖に落ちてから、どれだけ時間が経っているのか。ユイは今どんな状態にあるのか。 「なんだって凍湖なんかに、…」 まだ傷も完治していないのに。ほぼ完治しているけど。 俺から離れるなと言ったのに。結局言えてないけど。 「…番候補の雌が、スケートに誘ったとか」 ロウは低い唸り声をあげて奥歯を噛みしめた。 余計なことを。 純粋な好意からかもしれないが。 仲間の中には、ロウがユイに入れ込んでいることを問題視している奴らがいる。その最たる存在が元老院と番候補たちだ。 二代続いた人間との混血ではなく、次期リーダーは純血の白き人狼であることを願ってやまない連中である。 ロウが注がなければ、白き人狼は生まれない。 しかしロウは、白き人狼を生むにふさわしいとされる番候補の雌には見向きもせず、人間に嫁入りしたはずのユイを連れ帰り、連日睦び合って注ぎまくっていたのだから、連中としては面白くないだろう。 でも。たとえユイがいなくなっても、群れの安泰のために他の雌と番った挙句に注げるかと言ったら、それは無理であろうことを、奴らは分かっていない。 ユイにしか欲情しないと告げるべきか。 それはユイを群れに縛り付けることになる。 他に誰か、思う相手がいるユイを、… 「…待て。凍湖には、 鹿族(しかぞく)がいるな」 「鹿族は千年前に滅んだのでは? 末裔である 鹿王(しかおう)が湖深くにあるという冥界の入り口で狭間の番人になっているという伝説はありますが」 「…伝説じゃないんだ」 人間であるユイが選んだ相手は、人間だとばかり思っていた。 『私、人間と結婚するから』 しかし、それが叶わない恋から逃れるための方便だったとしたら。 ロウとユイは、鹿王に会ったことがある、…
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