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Ⅵロウの章【相愛】
凍湖のほとりには、沈痛に俯く人狼の群れが見えた。
彼らの唯一絶対的なボスである白き人狼のロウが、冥府につながる凍湖の底に飛び降りて行ってしまい、誰も後を追うことが出来なかったからだ。
側近のヴィルとシュンは絶対に付いてくるなというロウのきつい言いつけを破って湖に踏み込んだが、ボスの姿を見失ってしまった。
失態である。いかなる時も、何があっても、ボスに付いていくことが彼らの誇りであり使命であるのに。
「すぐに引き上げるつもりだったんです」
「ちょっと脅かすつもりで。まさか瞬時に姿が見えなくなるとは、……」
番候補のカルナとナツナは、駆け付けた元老院たちの前にひれ伏している。彼女たちは後悔していた。ボスが凍湖に沈むことになったのは、人間の妹を助けるためで、その妹を連れだしたのは彼女たちなのだから。
ユイに対する嫉妬心がなかったと言えば嘘になる。
このところボスは銃創を負ったユイのそばを片時も離れず、本来世継ぎのためにある崇高な精を惜しみなく与えている。人間の妹を救うには他に方法がないと言うのは分かる。しかし、そこまでするほどの価値が人間に、……たとえ双子の妹だとしても、本当にあるのか。
彼女たちの、そして群れの体制を築く元老院たちの答えはNOだ。
ただの人間にそれほどの価値はない。
そのことをユイに分からせなければならない。
番候補たちは、未だ誰一人としてロウに精を注いでもらっていない。その事態に焦りも感じていた。万が一にもボスが人間の妹を番にするなどということだけは絶対に避けなければならない。
あんな餌としての価値しかない人間の娘に、彼女たちの何が劣ると言うのか。
「そなたたちがユイを連れ出したのは問題ではない。ただ、……」
元老院たちが恐れる最悪の事態は、ロウがユイと共に帰らぬことだ。
それほどまでに、群れを捨てるほどに、人間の妹を大切に思っているのか。
ロウが帰らなければ、群れは唯一の白き人狼を失う。時期統率者どころの騒ぎではない。人狼の群れは混乱と闘争の末、壊滅する。
「ロウ様がおらねば、我々はおしまいだ、……」
湖の奥深くに消えてしまったボスを思い、群れは途方に暮れていた。
もう何でもいいから帰ってきて欲しい。どんな姿であろうと。帰って来てくれさえすれば。
群れの祈りが最高潮に達した時、どこからともなく白い光に包まれた統領が現れた。
天啓のように。
気高く美しく神々しい。一点の曇りもない白き王。我らの希望。
「ボスっ」「ボスっ」
「ロウ様っ」「ああ、なんと」「奇跡だ」
ロウの周りに集まった人狼たちは自ずと頭を垂れた。この世に神はいる。我々にもまだ未来はある。
「……心配かけたな。すまぬ。無事戻った」
ロウの言葉に群れから拍手喝さいが沸き起こった。ひざまずき、涙する者もいた。
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