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Ⅶユイの章【双翼】
「ロウ、なんか怒ってる?」
「いや、……」
京月院スミカと別れ、洞窟の居城に戻る途中、ユイは押し黙っているロウの様子が気になった。ユイをしっかり胸に抱き、ユイの左手に指を絡めながら、スミカがキスした手の甲をすりすり撫でている。
もしや焼きもち? などと浮かれたことを考えてもみたが、どうもそんな軽々しい感じではない。
「人間、……」
ロウの美しい金の瞳が鋭くユイを射抜く。
「に、なろうかな」
「えっ!?」
ロウの突拍子もない発言の真意をつかみかねて、ユイは目を見開いた。
「いや、……」
ロウがユイの手を引き寄せて唇を寄せる。ロウの温かい鼻先が触れ、柔らかい唇が触れ、甘い舌になぞられる。
「ロウ?」
「なれないのは分かってるけど。俺が人間だったらユイのこと、もっと大事に出来るのかな、って」
間近に迫る奇麗な瞳が寂しそうな色を宿す。
スミカとユイの逢瀬を黙って見守りながら、ロウはそんなことを考えていたのか。
白き人狼として、あらゆる生物の中でも最高峰の優れた能力を持つロウ。人間など気まぐれに手を出す嗜好品で、ロウにとっては最も取るに足らない存在だろうに。
「お前、手にキスされると嬉しいの?」
ちゅ、ちゅ、と手の甲にロウの唇が戯れるように吸い付いてくすぐったい。少し拗ねたようなロウが子どもっぽくて可愛い。
ユイの何倍も大きくなって、強く気高いリーダーになったけれど、ロウはロウのまま、くっついて眠っていた子どもの頃のまま、変わっていない。
「ロウなら何でも嬉しいよ」
言うと、ロウの耳がピクリと動いた。
「人狼でも人間でも、ロウなら何でも好き」
艶やかに麗しい純白の毛並みに手を伸ばして、そっと撫でる。滑らかに優しくユイを包んでくれる唯一無二の温もり。
ロウがいれば寂しくない。どこにいても。何があっても。
人狼社会で一人きりしか人間がいなくて、自分は異質で無価値な存在だと思った。ロウと肩を並べられる人狼の雌に憧れ、醜く嫉妬した。でも、どんなに望んでもユイは彼女たちにはなれない。人間として生まれたから、人間として生きるしかない。
ずっと居場所を探していた。
人狼の森にも人間の都にも時空を超えた狭間の空間にも。
どこにも自分の居場所はないと思った。
けれど、多分。
「ロウと一緒に居たい」
最初から、ロウが作ってくれていた。
猛々しく厳正な人狼社会の中にひっそりと。
他の誰も入れない場所をユイのためだけに。
唯一の居場所を。ロウの隣に。
がぶっ
「ちょ、…?」
ロウに噛まれた。首筋辺りを軽く。甘く。
「俺は野蛮な獣の交わりしかできない。でも、お前が望むならひらひらを着て回ってやる」
「ひらひら、…?」
ロウの牙と舌がぞくぞくするような快感を沸き起こしながら、ユイを甘く食む。
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