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「お前、なんでそんな遅いの?」
「ロウみたいな野蛮な獣と違って高尚な人間だからですぅ」
ロウとユイは、白き人狼と人間の間に生まれた。
ほとんど100%、人狼としての資質をロウが受け継ぎ、ほとんど100%、ユイはただの人間だった。比べればわずかに、人間である母親よりは目や耳が良く、鼻も利いたが、人狼には遠く及ばない。
「しょうがねえな。ほら、来い」
「やったあ」
それでも幼いころは、いつもロウと一緒だった。
どこに行くにもロウが抱いて運んでくれた。同じベッドでロウの温もりに包まれて眠った。間違いなく、ユイは誰よりもロウのそばにいた。
ロウと双子に生まれて幸せだった。
ロウの毛並みは滑らかで温かく、うっとりする触り心地だし、ロウの匂いは安心で満たしてくれる。しなやかに強いロウの腕の中はとても心地良い。
ずっと、そのままでいられれば良かったのに。
年月は二人を成長させ、立場の違いを明白にしていった。
ロウは群れのボスとして、身体能力を磨き、武勇を身に付け、外界からの脅威を取り除き、群れの困難を解決するために奔走した。
同時に。
「ロウ様の番候補です」
群れから選び抜かれた華麗な美女たちが、ロウの番候補として洞窟の居城にやって来た。
「ロウ、臭いから、もう一緒に寝ないっ」
次期リーダーとして優秀な人狼を産み落とすため、ロウは心身共に優れた雌と番う必要がある。それは分かる。かねてから、ロウの諮問機関である元老院たちに耳にタコが出来るほどうるさく教えられていたし、人狼社会で暮らしてきたユイにはその必然性が理解出来た。
でも、心がついていかなかった。
人狼社会ではまぐわいはある程度オープンで、その様子を見かけることも耳にすることもある。お互いがお互いに陶酔していて、満ち足りて幸せそうに見えた。そんなふうに思い合える相手がいることに憧れさえした。
それなのに。
ロウが番候補の雌とまぐわった気配を感じただけで、心がバラバラに壊れた。ロウから漂う雌の匂いを嗅ぎ分けてしまう自分の嗅覚が恨めしかった。
悲しくて、悲しくて、悲しくて。
どうして人間に生まれたのか。どうして双子の妹なのか。
心の底から自分の運命を呪った。
初めて。
妹ではなく、唯一の相手として。誰よりも深く繋がれる伴侶として、ロウのそばにいたいのだと自覚した。ロウと番いたい。
「まあ、あの、言いにくいけど、人間を犯すのは仲間とのまぐわいとは全然別で、排泄行為だし、喰う享楽までがワンセットっていうか、…」
ロウの側近であるヴィルとシュンに聞いたことがある。
「でもまあ、ユイはボスの妹だし、餌とは違う次元にいるっていうか、…先代の奥方様と一緒で」
非常に答えにくそうに人狼が人間をどう見ているのか教えてくれた。
彼らにとってユイは、貪るべき餌ではないが、番うべき伴侶にもなれない。
お互いを唯一の伴侶と思い合っていた父と母とは違う。
ユイはロウの妹で、ロウの相手にはなれない。人狼社会において相手のいないはぐれ者。異質で無価値な存在なのだ。
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