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取り調べを終えた後の私は、炉筒の中で焼かれたように溶けた体液から出た油の臭いで充満しているようにも感じた。家に戻り、シャワーを浴びてもその臭いが取れずに嫌気が差すようにも思えてきた。その時、インターホンが鳴ったのでモニターを見てみると、いつかのイベントで知り合った女性がそこに現れた。部屋に通すと、天井を突き刺すような咽るほどのアンバーウッドの香水の香りが一面に広がっていき、マスタード色のドレッシーな服を(まと)いながら、白と青色の組み合わせた薔薇のブーケを差し出してきた。 「誰かのお祝いか?」 「もちろんあなたに決まっているじゃない。無事に釈放されたって聞いたからこの日のために食事も用意しておいたの」 「食事か。まあちょうど腹がすいてきた頃だからいいけど」 「今日は顔色がいいわね。何かいいことでもあった?」 「刑事さんと雑談してきたよ」 「え?また警察の人?嫌よね、あなたが無実だというのにまだ疑惑を持っているなんでどうかしているわ」 私は彼女を壁に寄りかからせて口元を人差し指で押させると、久しぶりに泊っていきたいと言い出したので、腕を掴んで寝室のベッドへと行き、ドアを閉めた直後に抱きしめられてきた。 「シャワーが浴びたい」 「その香りがなくなる前に先にやるだけのことはしておきたい」 背中のファスナーを開け、無防備な唇同士が間髪入れずにむき出しに愛撫しあっていき、私の身体が愛おしくて我慢が耐え切れなかったと耳元で囁くと、耳筋を舌で舐めながら吐息をかけてきた。彼女の身体を抱きかかえてベッドへ横倒しにすると、ロングの髪をかき上げて服を脱いでいき、胸や背中と均等に割れた尻が見えるレースでできたベビードール調の黒色のランジェリーが張り裂けそうな肉体をこちらに見せつけてきた。 私の疼く身体も抑えきれずに、吸い込まれるように首から足の指先にかけて唇で愛撫していくと、途切れるように淫声をあげてきて、私を挑発するように艶めかしく全身をくねらせては、熱烈に互いの舌を絡ませてベッドが軋みを立てながら、底が抜けるほど相手の身体を埋もれるように沈ませていった。 「眞紘さん。今日は中で出していいよ」 「生理は?」 「もうすぐだけどピルを飲んできたから大丈夫。お願い、私の中であなたを満たしていきたい。もっと真剣に遊びたいの」 「わかったよ。ほらここ、触ってごらん」 「凄い。今日はそれだけイきたいくらい硬くなってる。その前に舐めさせて……」 私は彼女ほどの若くて愚かな痴女が好んでいるわけではないが、この膨れ上がるほどの肉弾を程よく絡ませてくるのは興味を抱かせてくれる。くすみがかった赤い乳首や秘部を突くように弄っていくと更に身体をくねらせて、蒸したように熱い襞の中に勢いで陰茎を回しながら根元まで挿れていくと、私の顔を見ながら腰を上下に動かしていった。 「何人目なの?」 「何が?」 「愛した女を……こうして殺していったの……これで何人目?」 「そこに愛はなかった。けど、君ほどの美しい肉体を持った人には遭ったことがない……」 「ねえ……私を入れて何人目か教えて……」 「ざっと数えても……二十人くらいかな」 「だからこんなに感じるのね。私、経験の少ない人より多い人の方が楽しいわ」 お互いに上体を起こして更に身体を動かしながら露の浸り加減を確かめ合うように探っていった。 「君は……自分の手で人を殺したことってあるかい?」 「そんなこと、したことなんてない……ああっ」 「そうして感じている間にもこの国では何百の人間が殺されていくんだよ。その殺し方だって、こんな風に……みんなそれぞれの体位で凶器を持ちながら殺していくんだ」 「やめて。これからもうすぐでイきそうなときに怖い話はしないで」 脳天が摩擦して(いかずち)が突き刺すほどに全身にも神からの聖寵(せいちょう)を与えられる瞬間だ。間合いがずれていったがそれぞれが絶頂に達すると瞬時に闇風が目の奥に入り込み、これまで感じたことのない無垢を受けたようだった。 「汗が凄い。舐めてあげる」 「ふっ、くすぐったい」 「いいじゃない。眞紘さん、これほど私を求めていたのね。来て良かった」 しばらく経ってから二人で夕食を摂り、食後にワインを開けてグラスに注いでいくと乾杯をして今日の戒めを称えるように一気に喉に流し込んでいった。 「さっきベッドで人を殺したことがあるかって聞いてきたでしょう?まさか、あの事件に眞紘さんが関わっていたのかしらって思って……」 「違う。ちょっとある人を探しているんだ」 「ある人?元カノとか?」 「……弟だ」 「兄弟いたのね。一人っ子だって言ってたじゃない。捜索願とかは出しているの?」 「一度だけ出した。でも全く手がかりも反応も返ってこない。一度でも警察に拘束されるとそれって白紙になってしまうのだろうか?」 「時間が経っているなら今度改めて出してみたらどう?」 「そうだな」 「その弟さんってどんな人?」 「競争し合って生きてきた」 「競争?仲が悪かったとか?」 「あいつは僕によく罵倒していたんだ。長男のくせに責任感がないとか、なぜ弟より世間知らずなんだとか毎日のように貶されていたんだ」 「反抗はしなかったの?」 「したよ。それでも父さんや母さんに泣きすがって嘘の言い訳をしては甘やかされてきていたんだ」 「図々しいわね。男同士なのに自分の思うがままに周りを振り回していたみたい」 「そうなんだよ。だから再会したらあいつを懲らしめてやろうと計画を立てているんだ」 「計画?どういう計画を?」 「目的は一つ。復讐のために殺してやるんだよ」 「本気で考えているの?」 「ああ。あいつがいなくなれば全てが終止符を打つ」 「ご家族のために?」 「それもある。モットーは自分のためだ」 「あなたのモットーって何?」 「礼は其の(おご)らんよりは(むし)(けん)なれ。喪は其の(おさ)まらんよりは寧ろ(いた)め」 「何?どこの国の言葉?」 「孔子っていう人が唱えた言葉。つまり、これまでに死んだ祖先や家族の事を考えると、葬儀などの形式よりも哀悼が大事ということだ」 「ふーん。難しいけど、あなたらしい威厳って感じね」
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