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夏の雨は蒸し暑い。昨日まで真夏のカラッとした天気だったというのに、今日はパラパラといつ止むともわからない雨が振っている。
「嫌だな。」
私はリビングでラジオを聞きながら、雨を見ていた。あの日も雨だった。いけない、いけない、前を向かなきゃ。
私は悲しくなっていく自分の心を無理に明るくしようと笑った。やっと笑えるようになった私は、精一杯笑った。
私は、1ヶ月前まで猫を飼っていた。ハチワレのハッチ。15歳だった。もうおばあちゃんだったハッチだが、元気だった。いつもお気に入りの場所で昼寝をし、私に気づくと近くに来てくれた。
私が泣いていると、近くで寄り添ってくれて、私が撫でるとコロコロと喉を鳴らしていた。
その日も何ら変わらない日常だった。いつもみたいに餌を食べ、私が会社に向かう時、にゃーと鳴いてくれたハッチ。
私が帰って来たときには、冷たい身体で寝ていた。
心不全だった。
私はハッチとの突然の別れを理解できず、泣くことも、笑うことも全ての感情が無くなり、ただ日常を過ごすことに集中していた。なのに、雨は私の記憶をあの日に戻してしまう。
「あれ?」
水琴窟の音が外から聞こえてきた。
「なんてきれいな音なのだろうか。」
私はラジオを消して、目を閉じて水琴窟の音を聞いた。そして一曲が終わる頃目を開くと、目の前に小さなしずくの帽子を被った天使さんたちがいた。
「かわいい。」
私は天使さんに拍手をした。
天使さんはお辞儀をした。
「ありがとうございます。私達は雨の鼓笛隊です。今日はあなたの為に演奏をします。よろしくお願いいたします。」
私はまた拍手をした。何だかロマンチックな曲を天使さんは一生懸命弾いていた。アイコンタクトしながら音を合せて、踊りながら曲の世界観を私に伝えてくれる。私は素敵な演奏に集中した。
3曲が終わり、私の前に天使さんが、整列した。
「お聴き頂きありがとうございます。私たちは、天から来ました。いつも一生懸命音楽を練習して暮らしています。いつだったか、虹が出た日、私たちはハッチに会いました。
ハッチは虹を幸せな顔で歩いていました。ハッチは、あなたにありがとうと言っていました。あなたに撫でてもらうことが好きで、爪切りは苦手だったそうです。すごく幸せな日々だったと言います。
でも病気になってしまいあなたにサヨナラができなくて、悲しかったそうです。ハッチは私たちに、あなたに演奏を届けて欲しいと伝えてくれました。だから私たちは今日、あなたのところにお邪魔しました。」
天使さんは迷子の子猫ちゃんの音楽を演奏し始めた。私は、気がつくと子どもみたいに泣いていた。
声を出していっぱい泣いた。ハッチ会いたいよ。
大好きだよ。私こそありがとう。ハッチ、いっぱい話したいことがあるよ。ハッチ、戻ってきて。
私はやっと泣けた。ふと窓の外を見ると子猫が私を見ていた。まっすぐにハチワレの顔で。
私は、猫に近づいた。猫は雨に濡れていた。私はタオルで猫を拭いてあげる。
気がつくと、天使さんは、いなかった。空にはきれいな虹が出ていた。私の膝で子猫がにゃーと鳴いた。
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