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私が医師を連れてくるから、待ってて
その夜、ユウナギはまた医師に打診したが、やはり面会謝絶とのことだった。
半日しかたっていないのに、寝床でどう気分が変わるというのだ、と分かってはいるものの、この事態で彼女が気長になれるわけもなかった。
いてもたってもいられず、夜明けの少し前、彼女の持つすべての銅貨を胸に忍ばせ自室を出る。
中央外れの車庫に向かうつもりだ。夜が明け出てくる、仕事を始める誰かに馬車で南へ連れていってもらおうと。
敷地内を出、早道を抜けるために林へと飛び込んだ。
その頃だ。後ろから足音がする? と振り返った瞬間、強い力で手首を捕まれる。
声を上げそうになったユウナギは、今度は大きな手で口を塞がれ、恐怖で固まった。
「大声を上げると、物の怪が出てきますよ」
「……兄様」
彼女の行動などお見通しなのだ。もちろんひそかに見張りが付けられていた。
「さぁ帰りましょう」
「いや! 私が南に行くの!」
珍しく表立って反抗するユウナギ。
まるで齢一桁の子どものような我がままぶりだが、本人はなりふり構っていられない、真剣そのものである。
「残念ですが、あなたにできることはありません。中央で大人しく待つ以外に」
「それでも! 私も探す! 私が医師を連れてくる!!」
手を振り払いたいが、大人の男の力にはかなわない。
なんとか引っ張ろうとして、彼が手加減してるせいで多少は前進するが、負けると分かっている根競べなだけだ。
トバリがそろそろ持ち上げて帰るかと思った頃、ユウナギは一時静止した。
「どうか、しましたか?」
「兄様……まずい……離れて」
「え?」
「あれが……くる!」
ユウナギは迫りくる強風を感じ、彼を自身から突き離そうとした。が、遅かった。
そのままふたりは強風に煽られ、その林の中から姿を消したのだった。
恐る恐るユウナギが目を開けてみると、そこには呆けた顔のトバリがいた。彼女の手首を掴んだままで。
彼のその珍しく呆けた表情に、ユウナギは胸がぎゅっとした。この瞬間を、画に収めて飾っておきたいなどと浮かれてしまう。
対してトバリはすぐ、周りの景色が変わっていることに気付いていた。何だか自分の身体が浮かんだような気がして、その直後視界に何もない瞬間を経ての、この景色だと。
「ここは? 今は夜??」
彼が林に入った頃、空は白み始めていたというのに、見上げるとそこには美しい夜空が広がっている。
そこは木々に囲まれているが道になっているようだ。彼に見とれていたユウナギも辺りを見回してみた。
「あそこに見えるのは、屋敷?」
暗いが、少し遠くに灯りが見える。ふたりは足早にそこへ向かった。
トバリは驚きで何も言葉が出ない。ふたりで元いた林と違う場にいる、という不思議なことが起こった。
ここはどう見ても山の中で、目の前には大きな屋敷が建っているのだ。
そして彼は気付く。隣のユウナギは意外にも、慌てる様子がないことに。
「ここはさっきまでの林じゃない」
「どういうことですか?」
「私たちは神の恩情で、その運命に必要な処へ導かれた。……はず!」
「神? ……もしかしてユウナギ様、あなたは」
「そこにいるのは誰だ?」
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