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そこは路地裏だった。
隣接している建物には、塗装が剥がれ落ち、所々にヒビが入っている。それが建てられてから、どれだけの年月が経ったのか、どれだけの間放置されていたかは分からない。奥まで進むと、何かが腐敗した匂いと路地裏独特の匂い。そしてホコリとが混じって最悪な状態であった。そこに、私はいた。
「ここは、君のような女の子が来る場所じゃないよ」
「あなたは……誰? あなたも私の敵なの……?」
声をかけてきた男の人は、困ったように口を開く。
「僕? 僕の名前は風優人。海凪風優人だ」
「海凪風優人……」
「それと敵かどうかという質問だけど、今のところノーと答えさせてもらうよ」
「今のところ……ということは、いつかは敵になるということ?」
「その質問に答える前に聞きたい。君はこちら側の人間かい?」
「こちら側って……どちら側? いじめられる側かどうかということ?」
私の言葉に、海凪という男は大きく目を見開いた。男が何故そんな顔をするのか、私には分からなかった。
「君は……いじめを受けているのかい?」
「そうだけど、それが何か?」
「いや……」
男は少し考える素振りを見せたあと、首を横に振った。
「何でもないよ。そして、確信した。さっきの答え方は中途半端だったね。ちゃんとした答えを出そうか」
それが自分の敵になるか否かの答えだとすぐに分かった。分かったが故に、頭が痛かった。また……敵が増えたと思ったから。
「僕は君の敵にはならないよ。寧ろ味方だ」
予想外の言葉に、私は何も言うことが出来なかった。
「君は……僕に似ている」
「似ている? 私と……あなたが?」
「そうさ。周りの人間も、自分の親すらも信じられなくて。世界に絶望しているところとか」
「あなたも……絶望しているの?」
「しているさ。少なからず、皆何かに絶望している。そして、何かに縋っている。もがいてもがいて……もがき苦しんでいる。僕はそう思う」
即答した割には、何かを我慢しているように私は感じた。自分も絶望して、何かに縋って生きている。その部分ではない。そこではなくて――
「本当に自分以外もそうだって、思っているの?」
思わず出た言葉。意図して出た言葉ではなかった。ただ、気になったから出てしまった。それだけだった。
そんな私に対し、彼は感情を殺して答えた。
「だって不公平じゃないか」
そこには感情があった。殺して答えていることが分かった。それなのに、その言葉には感情が込められていた。
ああ、この人も想像の出来ないほど理不尽に振り回されてきたんだろうな。そんな勝手なことを思ったりした。
「周りも自分と同じだと思わないとやっていられない。自分だけなんて……認めたくない」
とても分かる。
何故自分なんだと。周りは違うのかと葛藤し、考えることにも疲れて、周りと自分は何も変わらないと無理やり納得させて。そんなのただの生き地獄だと分かっているのに。
「人の数だけ違いがある。全員が同じになることは不可能……不可能なはずなんですけどね。人はそれを求めたがるから困りますよね」
私はへらっと笑う。
涙を流さないように。泣きそうだということに、気付かれないように。
「君はまだ……暗闇の中にいるんだね」
「どうしてそれを――」
「僕と同じだからさ」
「えっ……?」
「僕もまだ……暗闇の中を彷徨っているんだ。出口が見つからなくてね。一緒に探してくれる人を探していた」
もしかして。
そう思った時、海凪は一枚の紙を私に差し出した。
「これは――」
「僕の連絡先。夕方から深夜の時間以外なら、寝ていなければ出ることできるから。何かあったら連絡して」
「突然どうして……」
「言っただろう? 僕と君は似ていると。そして、出口を探してくれる人を探していると」
「確かに言ってた。けど――」
「後は純粋に――」
彼は私の言葉を遮って言葉を続けたを
「純粋に君のことを助けたいと思った。ただそれだけ。それじゃあ、困ったら連絡してね。学校生活頑張って」
それだけ言うと、海凪はその場を後にした。どうやら急いでいるらしかった。時間使わせちゃった……申し訳ないことしたな。
次会ったら謝罪しないと。
私もその場を後にする。
まさかそれから二日後に再会することになるとは、この時全く思っていなかった。
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