【改稿前】夏の終わりのオレンジ

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団地に囲まれた大きなエル字型の公園。集会場の脇にあるクヌギの木の葉ずれの音と、夕暮れを待って鳴き始めたヒグラシの声が心地良い。 ここに来たのは五年ぶりだ。 十八時を知らせるチャイムが夏の終わりの夕空に吸い込まれていく。 ふと見上げた白い取水塔はあの頃のまま。懐かしいな…みんなで『カリン塔』って呼んでたな…。 灰色一色だったはずの山型遊具、コンクリートマウンテンがカラフルに彩られていて何だかちょっと笑えてきた。 毎年八月最後の土日にこの公園で夏祭りがあって、私たちは夏休みの締めに堂々とできる夜遊びを楽しんでいた。 中一の時、祭りの後に同級生十数人で自然に集まって花火をする事になった。その中に小学生の時から好きで、中学が別になってしまった藤原君もいた。あまり話をした事は無かったのに「久しぶり」って声をかけてくれた。 「久しぶり」って返してそれっきり。それでも一緒に花火をして、みんなで写真を撮って嬉しかった。 中二の時も同じ様に集まって河原に行った。藤原君が芝生で滑った私を支えてくれて、そのまま暫く手を繋いでいてくれた。「大丈夫?」「ありがとう」そう言って手を離してそれぞれの友達の所に行った。 最後の思い出を噛み締めながら、鮮やかに咲く数々の花火ごしに藤原君を見つめていた。煙が目に染みるなぁ…なんて言いながら、少しだけ泣いた。 内向きに丸く輪になって、みんなで線香花火対決をした。 オレンジの火球から火花が弾け、少しずつ勢いを増していく。右隣三人目の藤原君の顔がぼんやりと照らされていた。数人が火球を落とし騒ぐ中、少しずつ火花が弱くなっていく。私の花火は結局最後まで燃え尽きる事なく、ほんの一瞬の油断で火球を落として終わった。 片付けを終え、みんなで写真を撮った。「また来年ね‼︎」「またな」「じゃあな」それぞれがそれぞれの別れの言葉を口にして帰って行く。自転車に乗る藤原君の後ろ姿を見送った。 「バイバイ」 それから間も無く予想通り両親が離婚して、私は遠くに引っ越した。 中三の時、私はもうここにはいなかった。 転校してから暫くやり取りをしていた友達とは、半年経ったくらいで共通の話題がなくなり連絡が途絶えた。 あれから五年…大学入学を機に私は隣市に越して来た。八月最後の土曜日、なんとなく懐かしくなって来てみたら、公園の真ん中に(やぐら)が建っていて、変わらず夏祭りがやっていた。始まったばかりの屋台に数人が列を作る。 それを眺めながらあの頃の自分たちの姿を重ねていた。 ふと思い立ち小学校を見に行ってみた。公園からは歩いて十分ちょっと。当時、自宅から二十六分かかって通った通学路。用水路が無くなって、クネクネしていた道が真っ直ぐになっていた。 「あ、れんげ畑…家建っちゃったんだ」 門の外から見た無機質なコンクリートの塊は六年間も通っていたのが嘘みたいに疎遠に感じ、なぜだか少し切なくなった。 来た道を戻り、今度は河原に行ってみた。入口には花火禁止の張り紙が貼られていて、また少し切なくなった。 あの日手を繋いで上がった土手の向こうには、大半が砂利で埋まり形を変えられた川があった。 ぬるい風の中、私はただ黙ってその景色を見つめていた。 もうあの頃とは違う。 あの頃には戻れない。 思い出はもう…どこにも存在していない。 かすかに盆踊りの曲が聴こえ始めた。 無くしたものばかりを目に焼き付けて、寂しさを連れて駅に向かう。 少しずつ盆踊りの音が遠ざかって行く。 祭りに向かう溌剌(はつらつ)とした笑い声とすれ違う私は、もうあの頃の私ではない。 暗くなり始めた空一面に広がるオレンジ色の雲を眺めながら、ただ切なくて。 言葉にならない寂しさに、ただ切なくて。 訳も分からず泣きたくなった。 改札を通ったら私は現実(いま)に戻り、もう二度とここへは来ないだろう…。 駅前のクリーニング屋もパン屋ももうなくて、この古びた駅もきっと近いうちにリニューアルされる。 小学生の時、仲間内でこっそり駅舎の外壁に相合傘書いたりしたっけな…。 「確かこの辺…」 夏草に守られる様にして、そこに五つの相合傘が残っていた。 堪えていた涙が溢れた時… 「志村さん?」 顔をあげたらそこには、夕焼けを背負った懐かしい顔。 「……藤原君」 刹那、押し寄せる思い出が私をあの日々に連れていく。 「久しぶり」 「久しぶり」 「「あのさ」」 目に映る思い出が全て無くなってしまったとしても、大丈夫だって…そう思えた。 思い出は私の中に。 そして、あなたの中に。 あの頃の私たちはいつまでもいるんだと… 話そう。たくさん。 『カリン塔』の事。灰色のコンクリートマウンテンの事。小学校の事も、花火の日の事も…。 そして伝えられずにいた私の気持ちを、聞いて下さい。 END
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