これがっ。三人のっ。思い出話でぶるるぁぁっ。

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これがっ。三人のっ。思い出話でぶるるぁぁっ。

 劇場の入口は人でごった返していた。芝居の舞台を観るのは初めてなので、ちょっぴり心細い。二人とも、早く来ないかな。エスカレーターに目をやる。その時丁度橋本が姿を現した。おう、と手を振るも全然気付かない。素通りして中へ入ろうとするので慌てて駆け寄り肩を叩いた。おっ、と目を丸くする。 「田中、いたのか」 「恥ずかしいよ、手を振ったのに構わず進むんだもん」 「ごめんごめん。人が多いし初めての経験だから、緊張しちゃって」  俺と同じ心境らしい。そうだよな、と相槌を打つ。 「どうする? 綿貫のこと、座席で待つ? チケットは各々手元にあるし」 「まあ此処で合流しようよ。急がなくてもいいじゃん」  そうして二人揃って隅っこの柱にもたれる。建物自体は綺麗だが、そんなに大きくはない。だけど人はひっきりなしに入って来る。盛況だな、とぼんやり思った。 「そういやさ、中学の時に観た芝居、覚えてる? 芸術鑑賞会で、大型バスに乗って文化ホールまで行ったやつ」  橋本が声を弾ませた。覚えてる、と自然に笑みが零れる。 「思わぬオチがついちゃったやつな」 「内容は良かったのよな。ある土地に伝わる悲恋の伝説って体で、男と湖の精か何かがすったもんだする話」 「すったもんだするって言うと喜劇だな。素敵な恋愛のお話よ。泣き出す生徒もいたし」  そして芸術鑑賞会なので当然生徒は無料だ。金を払わずこんなにしっかりとしたお芝居を見せて貰っていいのか。俺もそんな風にじんわり感動していたところ。 「ところが最後の最後に締めの台詞を噛んだんだよな」 「これがっ。この土地に伝わるっ。お話でぶるるぁぁっ」  衝撃的な幕切れを再現する。もう二十年経っているのに、はっきりと思い出せる。 「再現するなよ。無駄に似ているし」 「あれで本当に終わりだったから、全員ぽかーんとしたまま幕が下りたんだよな。カーテンコールってのもやらなかったし」 「誰も動けなかったからね。あの役者さんも幕が開けられたら気まずいだろ」 「しーんとした中で、噛んだ? 今、噛んだ? ってひそひそ声が徐々に広がっていった」 「これで終わると思って気が抜けたのか。それとも締めの台詞で力んだのか。あの人、役者を続けているのかなぁ」 「案外結構な大御所になっているかもよ」  名前も知らないあの人に思いを馳せる。どうかトラウマになっていませんように。 「あとさ。小川君に凄いよく似た役者さんもいたよね」  その記憶は曖昧だ。そうだっけ、と首を捻る。 「ちょっと小太りの役者さんでさ。マタギ役だったの。だから小川君、あの日を境にあだ名がマタ爺になったんだよ」 「あぁ、それでか。マタ爺は覚えていたけどルーツはそこだったのね」  男子中学生は良くも悪くも真っ直ぐにバカだ。そしてマタ爺というあだ名を受け入れる小川君は器が大きい。俺なら嫌だな、マタ爺。爺じゃないし。  思い出話に花を咲かせつつ腕時計を見る。開演十分前。そろそろ中に入りたいが綿貫はまだ来ない。仕方ない、中で待つか。そう過ぎった時、エスカレーターを駆け上がって奴が現れた。そのまま列の最後尾に駆け寄り並ぶ。俺と橋本はそっと後ろについた。荒い息をつくもう一人の親友、綿貫は俺達にちっとも気付かない。ペットボトルの水を取り出し口に含んでいる。中学生の俺だったら、その頬を後ろから挟んで吹き出させているところだ。だがもう三十も半ば。幼稚ないたずらはしない。そう思っていたら橋本が綿貫の脇腹をつついた。やられた本人は咄嗟に口を押さえて身悶えする。どうやら橋本は大人になっていないらしい。いいけどさ、童心を忘れないおじさんでも。振り返った綿貫は目を見開いた。口の中身を飲み込み橋本を殴る。 「何だよお前ら。いたのかよ」 「いたのかよ、じゃないよ。お前を待っていたの」 「遅くない? 十分前に到着なんて。芝居を観るの、お前も初めてだろ? 俺なんて不安で三十分も前に着いちゃった」  俺達の言葉に、いやぁ、と頭を掻く。 「最近、ちょっと太ったからさ。一駅手前から歩いて来たのよ。そうしたら結構ギリギリになっちゃって。途中から走って来たわ。あぁ疲れた。駄目だな、定期的に運動しないと」  そう言われて口籠る。俺も最近、ちっとも体を動かしていない。腹回りに肉が付いてきた。対する橋本は、よくやるな、とまた綿貫の横腹をつついた。 「俺なんて元々運動しないもん」 「やめろ、腹をつつくな。肉が付いたって言っただろ」  じゃれ合う二人に前のお客さんが振り向いた。お前らやめろ、と肩を叩く。 「いい歳したおじさん達がはしゃぐんじゃない」  軽く頭を下げる。前の人は体勢を戻した。やれやれ。  受付を済ませて中に入る。俺達の席は二階だ。階段を上ると膝が痛んだ。こういうところにも寄る年波を感じる。ここに来て階段かよ、と綿貫がこぼした。 「いい運動だろ」 「足が震えるよ」  グッズの販売コーナーを覗いてみたかったが如何せん時間が無い。橋本だけはトイレに駆け込んだ。待っている間に行けば良かったのに。  幸い、列の端っこの席だった。奥から綿貫、次に俺が座る。楽しみだな、と綿貫は笑顔を浮かべた。 「お芝居なんて中学校の芸術鑑賞会以来だよ。覚えてる?」 「さっき橋本と同じ話をしたよ。最後にぶるるぁぁって言い放たれたのと、小川君のあだ名がマタ爺になった切っ掛けのあれだろ?」  二度同じ話をするのは面倒なのであらかじめ全部言う。綿貫の笑顔が引き攣った。そして、そうだよ、と悲し気に下を向く。大したことじゃないので放置した。開演一分前になってようやく橋本が戻って来た。遅いぞ、と囁く。 「最近、尿切れが悪くて」  どいつもこいつも三十半ばにして大分老化が進んでいる。今度、三人でジムにでも通おうか。
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