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川沿いの土手は涼しげな鈴虫の音色につつまれていた。
信太は河原に座りこみ、右手で握った木の枝で雑草を払いながら、向こう岸に広がる夕焼け空をぼうっと眺めていた。
綿菓子をちぎったような薄い雲が茜色に染まってゆく。
もうすぐ陽が暮れる。
家に帰らないとママが心配するかもと思いながら、川向こうの街の灯りをぼんやりと見つめていた。
「ねえ、ぼくどうしたの?」
信太はびっくりして姿勢を正した。
とっさに右に顔を向ける。
砂利道に女の人が立っていて、微笑んでいた。夕風に栗色の長い髪がふわりとそよいだ。
「ぼくなにしてるの?」
じゃりじゃりと音をたて、女の人が近づいてくる。
女の人は信太のすぐ右隣までくると、「よっこらしょ」と、隣に腰を下ろした。
「風が気持ちいい」
前髪がさらさらと揺れ、白いおでこがあらわになる。
「ぼくこの辺の子?」
「う、うん」
女性の大きな瞳に吸い込まれそうな気がして、信太は目をそらした。
テレビで見るような綺麗な女性に、小学校三年生の信太でさえも、どこか遠くから来た人だなとわかった。
「ぼく名前は?」
女性が顔を覗き込む。
「信太」
「しんた君か。男の子っぽい名前ね。漢字で書ける?」
うん、と信太は立ち上がると、木の枝で砂利の上に信太と書いた。
「太く信じる信太。いー名前。私はね……」
女性は「ちょっといい?」と信太から木の枝を借りて中腰になり、砂利道に祥子と書いた。
「しょうこって読むのよ」
「うん。おねえさんはなにしてんの?」
「私はね」
祥子は土手に腰を下ろすと、右肩にかけていた黒いトートバッグを、どさりと傍に置いた。
信太も祥子の左に並んで座りなおす。
「私はお友達に会いにきたの」
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