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 この日、人口千人足らずの小さな町に、数万人の観光客が押し寄せていた。  一万五千発の花火が、この町に年に一度の賑わいをもたらす。  信太は午後四時あたりから、そわそわしていた。  二階の自分の部屋の窓をあけて外を見ると、道幅いっぱいに大勢の人がぞろぞろと同じ方向に歩いてゆく。 「信太、涼くん来てるわよー」  一階から呼ぶ母の声に、信太は驚いて目を丸くした。  あわてて階段を駆け降りる。  玄関先の涼に母が、「さあ上がって」と声をかけていた。 「おじゃまします」  涼は信太と目を合わせたくないのか、うつむいたまま、信太の方に近づいてきた。  二人は黙って階段をあがった。  信太は学習机の椅子に腰かけ、涼はカーペットにペタリと座る。  部屋には気まずい空気が流れていたが、涼が口を開いた。 「あのさ……」 「うん……」 「お父さんに怒られた。信太の夢をからかったの……ごめんね」 「うん」 「これ……」  涼がリュックからゲームソフトを取り出す。 「あ! すげー!」  信太が興奮気味に声をあげる。 「やろうよ」 「うんやろう」  二人が対戦型ゲームに夢中になっていると、母がお茶菓子を持って上がってきた。 「いま涼くんのママから電話で、花火一緒に見ませんかって。場所取りもしてくれてるって」 「信太、いくよね?」  信太は一瞬、机の置き時計に目をやった。  祥子との約束が頭をよぎったが、「うん行く」と言った。  お茶菓子を置いた母が「ゲームでケンカしないのよ」と声を投げると、二人は「はーい」と声をそろえた。
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