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第2話「恋とか」
私から希望が失われたように、辺りはすっかり暗くなっていた。乏しく光る街灯に照らされた夜道を、私とユウキは歩いていた。
「俺は、他の季節も好きだけど……」
意気消沈しながら歩く私の隣で、ボソッとユウキが呟いた。
「……」
「何かが終わるってさ、悪いことばかりじゃないんじゃない?」
私を笑ったことに、いまさら負い目を感じてるのだろうか? 黙っていると、さらにユウキが口を開く。ユウキはだいたいいつでも聞き役だ。あまり自分から進んで話すようなタイプではない。
「……終わりがあるって、何かが始まるってことだろ?」
確かに夏が終わったって、色んなことが待っていて、何かが始まるだろう。でもこの透けるような寂しさはどうしようもない。
それに私には「夏休み」以上に楽しくて、ワクワクして、ドキドキすることなんて、ない気がするのだ。いや、きっとない。でも一応、聞いてみることにした。
「……たとえば、どんなこと?」
ユウキは、私から目を逸らすと首の後ろを掻いた。
「……恋とか?」
……。
……。
……え?
ユウキから、そんな色っぽい話が出て来るとは思わなかった。私と大して変わらない精神構造かと思っていたのに、そんなことも考えたりするんだと、私は言葉が見つからなくなった。そして急に取り残された気分になった。
どうしてそんな気持ちになったかは、分からない。でも何かが終わる時、人はそう言った何かしらの感情に襲われるのかもしれない。
「……恋なんて、始まる予定ないよ、私」
「始まらないなんて、なんで言えるの? 分からないじゃん」
ユウキの少し低めの真面目な声に、ドキッとした。さっきまで、私をケタケタ笑って馬鹿にしていたくせに、急になんだよ?
「……ユウキはそういう相手、いるんだ?」
声が少し震えた。この手の話は、ユウキとしたことがない。まるで一気に秋が来たように、外気が肌寒く感じた。
「いるよ」
……。
……。
「……そ、そうなんだ」
そう答えるのが、やっとだった。夏は色んなものを終わらせて行く。ユウキにもし彼女が出来たら、ユウキとのこの気のおけない関係も終わることだろう。それを私に感じさせる涼やかな風が、腕を凪いだ。
ああ、本当に「夏」が終わって行く――
終わって行くんだな……。
物悲しかったけど、夏の終わりは感傷に耽るのにはピッタリだと思った。
夏は私の心に共感し、一緒に心中してくれるつもりのようだ。
「目の前にいる」
……?
何が、目の前にいるの?
私は何が前にあるのかと、暗く染まった目の先の景色を、目を凝らして見つめた。
「いや、そうじゃなくて! 本当に天然だな、おまえ……」
「……え?」
「目の前にいるって、おまえのことなんだけど」
……。
……。
え⁉︎
「……は⁉︎ わ、わたし⁉︎」
「絶対ないって、言えるの? ……始まるかもしんないじゃん?」
……。
……。
頭の中が混乱して、上手く考えがまとまらない。な、なんで、こいつこんなこと急に言い出した? きゅ、急すぎない?
「え、その……えっと……」
ユウキは良い奴だけど、そんな風に見たことも、考えたこともなかった。
「……ほら、今、俺のこと意識しただろ?」
……。
……。
「……は⁉︎」
「なんか、始まりそうな気がしなかった?」
…………っ!
「わ、私のこと、からかったの⁉︎」
ハハハとユウキは悪びれもせず、また笑い出し、私から逃げるように戯けながら駆け出した。
私は怒りが込み上げて来て、体がカッと熱くなった。ユウキを一発ぶん殴ってやらなければ気が収まらない。私は、戯けながら逃げるユウキを追いかけた。
つづく
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