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緊張した面持ちでこちらを見つめる陸奥に、俺は片頬を上げてみせた。
「若いのに風流な偽名を使うものだと思ったよ。六つの花は、雪の別名だ。しかし何のことはない、お前の出どころをそのまま名乗っていただけだったんだな」
俺はゆっくりと立ち上がった。陸奥の視線が追ってくる。達磨ストーブの前にしゃがみ、胴にある扉を開けてひらひらと切符を振ると、起こされた風が中で燃え盛る炎を揺らした。
「ストーブは、便利だな」
肩越しに振り返ると、意図を察した陸奥が目を見開いて腰を浮かせていた。
「やめて……ください……」
「俺は、お前の偽名や肩書きにはそれほど興味はないんだよ。ただ、お前の主人と目的を聞かぬまま、金だけもらって帰すわけにはいかないんだ」
陸奥の整った顔が、緊張で固まっている。
「着物も外套も、上等ではないが丁寧に繕われた跡がある。下男の着る使い捨ての量産品ではないな。おおかた華族の屋敷で世話になっている書生か……表方の使用人だろう、違うか?」
切れ長の双眸の中で、迷うように虹彩が揺れていた。
「言わないつもりなら、この紙切れはもう灰になる運命だったということか」
「私は!」
俺がいよいよ切符をストーブの火に放り込もうとしたところで、陸奥の切羽詰まった声が狭い部屋に響いた。
「とあるお屋敷にお世話になっている、書生です」
「だろうな。『陸奥』なら、阿部伯爵か、秋田子爵、林男爵……他に誰が?」
「主人のお名前を明かすことはできません。断じて、申し上げられません」
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