79人が本棚に入れています
本棚に追加
「恥ずかしがるな、女じゃあるまいし。生け垣に立ち小便したことの一度や二度、ないわけでもないだろう?」
「お許しください、このようなところに、出せません……このようなところでは……どうにも、出ないのです。お許しください」
「じゃあいい。出ないものは仕方がないからな。さっさと浴衣を着ろ。明日の朝、麓まで送ってやる」
「先生……っ?」
振り向くと、両手で手桶を握り布団の上に膝立ちになった陸奥が、眉根を寄せて不安そうにこちらを見ていた。
「グズグズするな。はりを使っていないからな、按摩は奉仕にしておいてやる。金はいらないから、着物を着てその封筒をさっさとしまえ」
用意した道具を片付けようとする俺の作務衣の袖を、陸奥がぎゅっと握った。
「先生……先生、すみません。もう一度、機会をください……」
「無理をすることはない」
「お願いします! おっしゃるとおりにしますから! どうかお願いします……っ!」
裾を握っていた手を布団につき、陸奥は深々と頭を下げた。
形の良いつむじを横目で見ながら、俺はふと、伏せたその顔を下から見たいと思った。必死になって頼み込む彼の顔が見たい。人形のように美しい顔が歪むところが見たい。
そんな人非人まがいの欲望に気づかれることを恐れ、俺は手を止めてそこに胡座をかいた。
「ニ分だけ待つ」
最初のコメントを投稿しよう!