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そう言って向けた背中に、コクリとわずかな喉の音がした。
身じろぎする衣擦れ。床の軋み。
陸奥が深く呼吸を整えている。
全ての雑音が雪に吸い取られたような静かな和室で、自分の息さえ殺すほどにそばだてていた俺の耳に。間もなく、木桶を水が打つ、トトトト……という音が聞こえてきた。
体に無駄な力が入っていると施術しにくい。
厠に行かせれば体が冷えてしまう。
彼に伝えたその理由は嘘ではないし、他意があるとすれば、始めのうちに「全てに従う」ということをちゃんと分からせておいたほうがいい、それだけだった。
それなのに。
なぜか俺は、全身が粟立つような興奮を覚えた。迅る心臓が押し出した血液が、体の中心に集まるように流れていく。
その雑念を散らそうと、俺は水音が収まるや否や勢いよく立ち上がり、陸奥の手から木桶を奪って窓を開け、中身ごとそれを外に放り投げた。
温かい液体が、暗く凍てついた空気に白いもやを浮かび上がらせる。雪の上に落ちてくっきりとその跡を残す。それを見ないように、俺はすぐさま窓と目を閉じた。
ひとつ息を吐いて、振り向く。布団の上にへたり込んだ陸奥は、恥辱に体を震わせながら項垂れ震えていた。
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