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「失礼します」  陸奥は上がり(かまち)に腰掛けると、ブーツの紐をほどき始めた。寒さでかじかんだ手がうまく動かない様子を見かねて、三和土に下りて彼の冷たい手をどかし、それを脱がしてやる。濡れた両手を腰で拭うと、柚葉色の作務衣(さむえ)が山の泥で少し汚れた。 「足袋(たび)がビショビショだ。このままでは凍傷になるぞ」  半ば凍った足袋も脱がせ、赤く腫れた彼のつま先を両手で包む。冷たい雪に濡れた袴の裾が白い脚に張り付いている。まずは暖かい部屋へ連れていくべきだろう。 「ついて来い」  短い廊下を突き当たりの部屋へ進む。この雪の中を訪れる者があるとは思わず、布団が敷きっぱなしだ。人を通すのは少し気がひけるが、暖がとれるのはここしかない。  襖を開けると、物が散乱した部屋から暖かい空気が流れ出た。 「濡れたものは全部脱いで、この浴衣に着替えろ。俺は薬湯を用意するから、着替えたらストーブにあたって待て」  散らかった部屋を見回す彼に患者用の浴衣を投げ、俺は引き出しから湯呑み茶碗と土瓶(どびん)を取り出した。  凍てついた厨房に行かずとも用が済むように、必要な物は殆どこの六畳間に集めてある。  土瓶に薬湯の材料を順に放り込み、達磨(だるま)ストーブにかけていた薬罐(やかん)の湯をゆっくり注ぐと、真白い湯気と嗅ぎ慣れた薬草の匂いが鼻の奥をくすぐった。
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