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「美味しいです」  磯辺巻きを一口かじった陸奥が、驚いたような目を上げてそう呟いた。素直な感想が可愛くて、「よく噛んで食えよ」と、こちらも子どもに返すようなことを言ってしまう。  馬鹿正直に神妙な顔になって餅を咀嚼する彼は、訪ねてきた時や布団の中でよりもずっと幼く見えた。  まるで親戚の子をもてなしているような気分になる。昨夜は来意を秘匿し続ける彼の体を気絶するまで抱き潰し、これからまた別の方法で(ただ)さなければならないのに。 「お前のために二つ焼いてある。もう一つ食え」  惜しそうに時間をかけて餅を食う陸奥に、海苔を巻いたもう一つの磯辺を勧める。すると彼は、じっと俺を見つめてきた。 「よいのですか……高価なものを」 「俺の冬の主食なんだ。米は(かまど)まで行かないと炊けんが、餅ならここで焼ける。ストーブは便利だな」  陸奥は押し出された小皿から、二つめの餅を手に取った。 「それに、金ならあるんだよ。おまえの主人(あるじ)のようなヤツから、ふんだくっているからな」  陸奥は餅を持ったまま、ビクリと肩を震わせた。 そして、俺が懐から取り出した紙片を見て、目を見張った。 「悪いが、お前が寝ている間に鞄から拝借した。これがないと、困るんだろう?」  彼の肩掛け鞄に入っていたのは、鉄道の予約券だった。  麓の駅から陸奥の國にある大きな駅までの、三等車の切符。それは彼が戻るときのために、主人が用意したものだろう。彼自身の財布と思しき布袋には小銭しか入っておらず、「治療費」として渡してきた封筒の中身とは雲泥の差だった。  三等席とはいえ、その小銭で帰れるほど汽車賃は安くない。
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