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 蓋をした土瓶をストーブの上に置き、中の薬草をゆっくり煎じる。代わりに下ろした薬罐に(かめ)から水を足して振り向くと、陸奥はすでに白い浴衣に着替え、濡れた服を腕にかけて俺を待っていた。  着物を受け取り、順に衣紋(えもん)掛けに通してなげしに掛ける。ストーブの熱で、明日の朝には乾くだろう。  全てを渡し終えた陸奥は畳の上に正座し、俺に向かって手をついて深々と頭を下げた。 「着いて早々に、お世話になりました」 「いや、無事で良かった。それより足を崩せ。血行が悪くなる。ちょっと見せてみろ」  俺は畳に膝をついて陸奥の足をとり、その十指を順に動かした。濡れた足袋に包まれた足の指が壊死(えし)するのは意外に早い。ブーツの中では指が満足に動かせず、冷える一方だからだ。  足指に爪を立てると、彼の膝から下がビクリと跳ねた。その反応にホッと息を吐く。感覚があるなら大丈夫だ。 「悪いな、麻痺していないか確かめた」 「……先生は、医者でもあるのですか?」 「いや、ただのはり師だよ。しかもやぶだ。どんないい加減な噂を聞いてきたのかは知らんが、こんな山の中にまともなはり師が住んでるわけねぇだろう」  陸奥は整った顔で俺をじっと見つめ、赤い唇で流言を語った。 「医者が匙を投げた重い病でも、はり一本で治す天才はり師だと伺いました。その噂を聞きつけ全国からやって来る患者で、春から秋までは休む間もないのだと」
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