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「だからこんな真冬に、雪をかき分けて来たのか? お前さんは」 「そうです」 「参ったな……それで、病なのは誰だ? おっ母さんか、妹か、それとも旦那様の名代(みょうだい)で来たのか?」 「私自身です。できれば今からでも、治療をお願いしたいのです」 「……どこが悪いんだ?」 「まず、頭痛と腹痛があります。吐き気がして、立ち上がると目がくらみます。それに何ヶ月も咳が治りません。夜はあまり眠れず、食欲もありません。ひどく体がだるく、部屋から出るのも億劫です」  症状を列挙した陸奥は、こんこん、と、とってつけたような空咳をした。  仮病です、と言っているようなものだ。それほどの自覚症状を抱え、そもそも部屋から出ることすら疎う者が、雪の中こんな山奥に来るはずがない。  何かあるな、と俺は悟った。  この青年は病気ではない。俺の治療など必要としていない。同業者が送り込んだ間者だろうか。かつて治療した患者の家族が、治療費の返還を求めるためにインチキな施術だと確認しに来たのかもしれない。 「俺の治療費は高いぞ。それは噂になっていないのか?」  そう問うと、陸奥はストーブのそばに置いていた肩掛け鞄から茶色い封筒を取り出した。 「これで足りますか」  渡された封筒はしっかりと重く、中には紙幣の束が入っていた。 「お前、何者だ? こんな大金……」 「先生は患者が身分を明かさなければ、治療なさらないのですか?」
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