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 油差しから香油を手に取ると、俺は陸奥の左手を両手で挟んだ。円を描きながら親指で手のひらを撫で、油を塗りこんでいく。男にしては華奢なその指も、一本ずつ丁寧に揉んだ。 「先生は、はり師では……?」  手首から肘へ、肘から肩へと按摩(あんま)を進めると、さすがに疑問に思ったのか、陸奥が遠慮がちに口を開いた。 「信じなくてもいいが、俺は患者の体に触ると病巣が分かるんだ。悪いもんが巣くってる所は、揉んでもさすっても、そこだけ冷たく硬い。はりを使うのは、その場所が分かってからだ」  足元を回り、反対側に座って右腕を同じように揉む。 「順に触れて確かめていくのが俺のやり方だ。そういうわけだから体の隅々まで触ることになるが、それでもいいな?」 「お任せします」  陸奥は長い睫毛を伏せ、ゆっくりと息を吐いた。 「眠くなったら寝てもいいぞ。体が弛緩している方がやりやすい」  そう言うと、陸奥は睡気に逆らうように何度か速い瞬きをし、唇を噛んだ。 「そういえば、お前はどこから来たんだ? 汽車で駅までと言ったが、どこから乗った?」 「申し訳ありません。お答えいたしかねます」  人力車に揺られ雪山を歩く前に、どのくらい汽車に乗っていたのか。きっと疲れているだろうと(おもんぱか)った俺の質問は、全く「申し訳ない」とは思っていないだろう顔で退けられた。  ため息をつき足元に移動する俺を、陸奥の視線が追ってくる。何をしているのか、挙動の一つも見逃すまいとする目だ。油を取る指を、脚に塗りこむ手つきを、切れ長の双眸が見つめている。鋭い視線に晒されたまま、俺は毛の薄い彼の脚を付け根まで揉んだ。
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