20人が本棚に入れています
本棚に追加
打ち付ける波の音が、ざぷんざぷんと脳を揺らす──。
囚われていた幻惑から逃げるように、ゆっくりと瞼を持ち上げる。夕陽に照らされたお前が、柔らかく微笑んだ。妖艶に、それでいてあどけない。
「ねぇ、来年も来ようね」
それだけ言って、おもむろにサンダルを脱ぎ捨てた。立ち上がってズボンの裾を捲り上げる。そして、朱色に染まった波を踏み荒らしに駆け出す。
日陰で見ている俺の元に戻ってきて、強引に手を引く。
「もう! おいでよ!」
俺は、重い腰を上げた。すると、サンダルを脱ぐ間も与えられず、波打ち際まで猛ダッシュする。
「待てって! 帰りの電車どうすんだよ!?」
「え〜? 別にいいじゃん」
笑って投げられる軽口に、少し苛立つ。けれど、俺の胸に顔を埋め、額を胸に擦りつけてくるのを拒めない。そして、裾を摘まんで顔を伏せた瞬間、お前の項に見蕩れた。
ゆっくりと顔を上げ、潤んだ瞳で俺を見上げる。夕陽に照らされているからではない。頬を赤く染め、もごもごと唇を動かす。
「じゃぁさ、乾くまで帰んなきゃいいでしょ?」
「帰んないでどうすんの?」
「どう····したい?」
お得意の狡い聞き返し。そうやって、いつも俺を惑わせる。俺は、羽織っていた薄手の上着を羽織らせ、柔らかく抱き締めた。
「帰るよ」
「······意気地なし」
「いいよ、意気地なしで。····ごめんな」
俺達は、ガラガラの電車に乗り込み、誰も居ない間だけ手を繋いだ。
地元に着くと、俺たちは兄弟に戻る。
「あーあ。帰ってきちゃった〜。意気地なしの所為だからね」
愛らしく唇を尖らせる。この、勝手気儘で口の減らないチビは恋人の蒼弥。3つ歳の離れた弟だ。
最初のコメントを投稿しよう!