狡いよ、意気地なし

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 そして、俺を疑うような眼差しを向ける蒼弥だが、彼女を紹介した時に見せた目をしていたのだ。  香水のニオイがすると言ってシャツを剥ぎ取られる。それを、洗濯機に叩きつけるように投げ入れた。相当機嫌が悪いらしい。  さっさとシャワーを浴びろと急かされ、リビングに戻ると再び胸にしがみついてきた。 「ちょ、おい何だよ!?」 「女の人と仲良くなったの?」 「あー··いや、別に。隣に座ってた先輩が、酔ってフラついてたから駅まで送ったけど、彼氏が迎えに来たから引き渡したよ」 「香水くさい」 「その人のだな。ははっ。なんだよ〜、ヤキモチか?」  ほんの少し揶揄っただけだった。なのに蒼弥は、俺が首から掛けているタオルを掴んだと思ったら、グンと引き寄せてキスをした。  俺の大事なファーストキスだった。  俺は突然の事に茫然と立ち尽くし、数秒の間を置いて理由を尋ねた。他にも言う事はあったろうが、思考が停止していたのだから致し方ない。 「好きだからに決まってるでしょ。じゃなかったら、貴重なファーストキスあげるわけないじゃん」  困惑した俺は、蒼弥の柔らかい唇を凝視した。すると、さも当たり前のようにもう一度唇を重ねる蒼弥。  俺は『やめろ』と言って突き放し、逃げるように部屋へ篭もった。そして、蒼弥を避けて深夜に水を飲みにキッチンへ出る。  暗闇に冷蔵庫の明かりが眩しい。呆けた頭で、グルグルと考えを巡らせる。これまで見てきた、蒼弥の言動を思い返せば何の事はない。全てのピースが揃ったようにハマっていった。  ····という事は、だ。蒼弥のあの目は、酷い嫉妬によるものだったのだろう。  水のペットボトルを手に、ぶわわっと込み上げた熱が指先を震えさせる。耳まで熱くなり、俺は蒼弥への想いが兄としてのものなのか、自信が持てなくなった。
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