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轟轟と風が渦巻く音。火傷しそうな熱風。視界に入るのは赤黒い岩と砂埃を巻き上げる地面、そしてその上を逃げ惑う襤褸布一枚を身に纏った人々。そしてそんな人たちを、金棒を手に追い回す筋肉隆々の鬼。
私は地獄へとやって来ていました。念願の地獄に。
生前、本当はパトカーに乗ってみたかった。留置場に入ってみたかった。刑務所にも興味があった。しかしそれらは私とは正反対の位置にあり、全く関わる機会が無かった。
だから願ったのです。
「地獄に行かせて下さい」と。
今私の眼前に広がる光景は絵本で見たものと一緒。自然と口元が綻ぶのが分かりました。
罪を犯した者だけが入る事を許された場所。
地獄で一人にこにこ微笑んでいる私を変に思ったのでしょう。鬼の一人が足音荒く近付いて来ました。
「お前、何笑ってるんだ?」
「嬉しくて」
素直に答えただけなのに、鬼は苦虫を噛み潰した様な顔をしました。そうして「変な野郎だ」と毒づいたあと、金棒でぽんぽんと自分の肩を叩きつつ、背中を向けてきました。
「あの」
気付けば声を掛けていました。筋肉が付いた広い背中、それが疲れているように見えたので。「何だ?」と振り返ってきた顔にも疲労の色。
「お疲れでしたらマッサージいたしましょうか? あん摩マッサージ指圧師の資格を持っております。若しくはお仕事のお手伝いでも……」
「人間が地獄の鬼の手伝いをするだと? ……面白い。やってみるがいい」
ぽいっと無造作に放られた金棒を慌てて受け取ると、私は見様見真似で鬼の仕事を始めてみました。
列から逃れようとする罪人を、金棒を使って列に戻す。
血の池地獄に落ちるのを躊躇っている罪人を、「ごめんなさい」と金棒を使って落とす。
「助けてくれ!」と叫ぶ罪人を、金棒を使って助け出す。
よく見れば、罪人はもとより他の鬼も疲れた表情をしている事に気付きました。
来る日も来る日も鬼は罪人の相手をし、罪人は変わり映えの無い同じ地獄に落とされる日々。
同じ事の繰り返しなら飽きてくるのも当たり前。鬼の苦労も罪人の辛さも分かります。
ならばなんとかしたい。
地獄を、鬼と罪人両者にとってより良いものにしたい。
罪人は苦しむ事無く罪を償い、鬼も疲れる事無く罪人を見張る……
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