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◇
ドキドキする気持ちを抑えながら、私は何度も大きく深呼吸をする。
テーブルの上には携帯電話。
画面はメッセージアプリを開いている。
「どうしよう」
さっきからずっと、文章を書いては消し書いては消し、落ちつかない。
【今日の試合、観たよ。すごくかっこよかった。久しぶりに会いたいな】
会いたい、だなんてストレートすぎる?
でも試合の感想だけ送ったらそれで終わりそうだし。
いきなり好きって書くのもなんか違うよね。
自問自答しながら文章を練るけど、まったく良いものが書けない。自分の国語力にガッカリしてしまいそう。
「あー、何て書けばいいんだぁ~」
携帯電話を放り出して突っ伏せば、脳裏に浮かぶ藤井くんの姿。
大量の汗が光を反射してキラキラ輝く。
大歓声の中、右手をグッと突きあげて……そして指を指し……。
ん……?
でもあれは私を差していたんじゃなくて、「一番」とか「ナンバーワン」とか「一本」とか「上を目指す」とか、そういうゼスチャーだったりして。
いや、でも、こっち見てたし。
……見てたかなぁ?
思い出せば思い出すほど自信が持てなくなってくる。だけど、考えれば考えるほど私の頭の中は藤井くんでいっぱいになってしまって、収拾がつかない。
送信ボタンに指を伸ばすけれど、どうしても押せなくて指がぷるぷる震える。
頑張れ。
頑張れ、私。
ほんのちょっと勇気を出すだけだよ。
高校のとき告白しなかったから関係は崩れなかったけど、結局年に数回のメッセージのやり取りだけで疎遠になりつつある現状を鑑みたら、告白すればよかったかもなんて後悔の念がわき上がるんだもの。
だから告白して……たとえ砕け散ったとしても、さほどダメージはないよね?
「うん、大丈夫。大丈夫だから」
何度も自分に言い聞かせる。
何度目かの深呼吸の後、そっと送信ボタンを押した。
直後に震える携帯電話にビクッと肩を揺らす。
まさかもう藤井くんから返事が返ってきたのかと思って慌てて携帯を掴むと――。
「なーんだ、ユリちゃんかぁ」
一気に緊張が解けてへなへなと床に崩れ落ちた。
『誰だと思ったんです? 藤井選手に連絡しました?』
電話越しの向こうでニヨニヨとほくそ笑んでいるユリちゃんの顔が思い浮かんで、私は苦笑いになった。
「さっきメッセージ送ったよ」
『返事は?』
「もう、まだ送ったばかりだよ。そしたらユリちゃんから電話があるんだもん、びっくりしちゃった」
『はっ! もしかして私お邪魔虫でした? ごめんなさい、切りましょうか』
「そんなわけないじゃん。大丈夫、大丈夫」
ユリちゃんの電話のおかげで緊張の糸が切れたみたい。私は携帯を耳に当てたままゴロリンとベッドに横になった。
藤井くんがどんな返事をしてくるのかわからない。
だけどありったけの勇気をそのメッセージに込めた。
『告白したわけじゃないのに、先輩って案外ウブなんですねぇ』
「しょうがないじゃない、好きな人にメッセージ送るときは緊張するもんでしょ」
『そうかなぁ? 私はガツガツ行きたいタイプなので』
「くっ、肉食め……どうせ私は意気地無しですよ」
本当に自分の消極的な性格がこうやって気持ちを拗らせているのだから、目も当てられない。
高校生のとき、藤井くんたちの会話を聞いていなかったら、私は告白していただろうか。
――別に付き合ってないよ
藤井くんの言葉が重くてズキリと胸を刺す。
あのとき私はまわりの子に比べて藤井くんと仲が良いって自負してたから、藤井くんに対してきっと何かを期待していた。私はちょっと特別だよねって、そんな自信があったんだ。
後悔してもしかたないけど、未練たらたらすぎて今でも夢に見てしまう。私だってもうアラサーだし、そんな子供じみた考えなんていい加減捨てて前に進まないと恋人だってできやしないと頭ではわかっているのに。
「人生上手くいかないよね」
『何言ってるんですか。人生は行動したもの勝ちですよ』
「ユリちゃんの考え方、尊敬する……」
その後も同じ様な話を散々して、最後に「応援してますから」と励まされ電話は切れた。私は携帯電話を枕元に放置したまま、いつの間にか眠ってしまっていた。
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