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携帯電話のバイブ音が微かに耳に届き、私はゆっくり目を開けた。ぐっすり眠っていたためまぶたは重いし、電気を点けっ放しで寝ていたため照明の光が目に痛い。 「うーん……」 感覚で携帯電話を手繰り寄せ薄目を開けて画面を確認する。 「えっ!」 思わず飛び起きた。 画面に表示されていたのは藤井くんからのメッセージだったからだ。 驚くことは何もない。だってメッセージを送ったのは私なんだから。その返事をくれたってだけ。 なのに――。 ドクンドクンと心臓が音を立てる。 【電話できる?】 たった一言。 それなのに泣きたくなるほど嬉しくて一気に目が覚めた。 時刻はとっくに0時を超えている。 明日も仕事。 でもそんなのどうだっていい。 【できるよ】 メッセージを返せばすぐに既読が表示されてドキッと心臓が高鳴った。 かかってくるのかな? かかってくるんだよね? 思わず携帯電話を握りしめて画面を凝視してしまう。私はベッドの上で背筋を伸ばして正座をし、その時を今か今かと待つ。私一人しかいない部屋なのに、空気がピンと張りつめているかのよう。 ふいに携帯電話が震えだし、画面には【藤井省吾】と表示された。 緊張で指が震える。深呼吸ひとつ、画面をタップして携帯電話をそっと耳に当てた。 「……もしもし?」 『久しぶり、小野田』 藤井くんの声が耳から体に流れ込むように伝わって、体の奥がきゅんと震えた。 嬉しい。嬉しくて胸が張り裂けそう。 「うん、久しぶり」 『今日、小野田を見つけた』 ドキッと胸が高鳴る。 やっぱりあれは私に向かって指を差していたの? 「……うん。よく気づいたね」 『俺の名前入りのタオル掲げて誰よりも一生懸命応援してくれたから。あ、小野田だーって思って』 「だって……藤井くんがどこにいても全力で応援するって言ったでしょ」 『ああ、言ってた。覚えてるよ。ありがとう』 「うん……」 ああ、何だか泣きそう。 藤井くんの声が心地良い。 まるで高校時代に戻ったみたい。 私、普通に喋れてるよね? 友達だと言いつつも、卒業してからずっとずっと疎遠だった。年に数回のメッセージのやり取りはそれこそ年賀状の挨拶みたいなもので、こんな風に喋るのなんて本当に久しぶりだから。 『でさ、小野田。会いたいってメッセージくれたけど』 「えっ、ああ、うん。えっと、久しぶりに会いたいなーって思っちゃって思わず送っちゃった。ごめんね、試合あるし忙しいよね」 『いや、俺も会いたいよ』 聞き間違いかと思った。 だから「へっ?」なんて素っ頓狂な声を出してしまったけれど。 『俺も、小野田に会いたい』 もう一度、しっかりと耳に刻まれるような声音が頭に響く。 嬉しくて、だらしなく頬がにへらっと緩むのがわかった。まさか藤井くんも「会いたい」って言ってくれるなんて思わなかったから。 「いいの?」 食い気味に返事をすれば、くすりと笑う気配のあと『もちろん、いいよ』と甘ったるい声が耳をくすぐった。 どうしよう。 やばい。 夢を見ているみたいだ。 夢じゃないよね? ふわふわした気持ちを引き締めるため、私はぐっとこぶしを握る。 これはチャンスなんだ。一回逃してしまった私の後悔を挽回するチャンス。そしてこれがきっと最後のチャンス。だから遠慮しちゃダメ。 「会えるの楽しみにしてる」 『俺も。夜遅くにごめんな。おやすみ』 「うん、おやすみ」 名残惜しく耳から携帯電話を離した。 久しぶりに聞いた藤井くんの声。 頭の中で何度も思い出しては余韻に浸る。 この恋が砕けたらどうしようなんて不安よりも藤井くんに会えるんだという喜びの方が大きくて、私はバタバタと布団の中で身悶えた。 私、今度こそ絶対藤井くんに――。 溢れる気持ちを抑えながら目を閉じるけれど、興奮してしまってまったく眠れる気がしない。 明日も仕事だというのに……。 夜が深々と更けて闇をつくる。 そして知らぬ間に、うっすらと明けていった。 しんとした朝の空気は何かを予感させるには十分なほどに体に染み渡っていく。 清々しい心持ちに、私はこれからの未来に期待いっぱい胸を膨らませた。
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