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いよいよ源氏物語の原文を暗唱することになった。
最初の一文を暗唱していると知恵も参加してきた。
毎日両親が暗唱しているのを見ていて興味を持ったらしい。
さすがに母と娘、声がそっくりである。
男にとって暗唱が至福の時間になった。
桐壺の巻の暗唱が終わると、帚木の巻の暗唱、そして二巻通しての暗唱。
八巻を超えたあたりから通して暗唱するには続きを翌日に繰り越すようになるが、何とか五十四巻全て暗唱することができた。
ごく自然な流れで与謝野晶子の口語訳を暗唱していく。
口語訳も暗唱し終えて、親子三人に源氏物語が沁み込んだ。
三人は源氏物語の毛筆で書かれた写本の画像を見て、美しい筆跡にうっとりしている。
女は書道で変体仮名を習ったことがあるらしく、暗唱しながら説明していく。
男と知恵は目を輝かせて聞き入っている。
知恵は未だ学校に通っていないのだが、文字を絵のように見ているらしい。
まずは極細のサインペンで、最初の一文を見よう見まねで書いてみることにした。まずまずの出来である。
こうなると最後まで書かずにはいられない。
何日もかけて書き終えて三人は微笑みながら、次は毛筆でと声を合わせて言った。
女が朱の墨で手本を書く。男と知恵は手本を見ながら書いていく。一文を四回書いて清書し、次の文に進む。サインペンで書いた時は一回書いただけだったので、単純に五倍の時間をかけて書き終えた。
知恵が小学校に通うようになった。
教科書を朗読するのがずば抜けて上手だと担任の先生に褒められた。
母の声を聞いて育ったのであるから当然と言えば当然である。
父が何度も間違いを直されながら暗唱している背中を見ながら育ったのだから、知恵も教科書を暗唱できるようになった。
見る見るうちに知恵に知識が蓄積されて潤っていく。
両親が与えた知性の雫は知恵の心に泉となっていく。
きょうも知恵の心の泉からあふれる言葉が教室に響き、一同が聞き惚れている。
両親は開発部から依頼されて外国語教育システムのモニターになっている。
まずは英語から大量の例文を前にして暗唱し始めた。
英語の次はフランス語と言語の数だけ果てしない暗唱の旅が始まる。
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