知性の雫

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 半年して女が懐妊した。社長も男も大喜びである。  女の産休中は女の店から別の女性が派遣されることになった。暗唱のおさらいと源氏物語の原文朗読のおさらいを怠けないようにとのお目付け役である。  その女性も夜は銀座のクラブで働いているのだが、結婚して以来、新居に直帰している男はクラブに立ち寄っていない。  類は友を呼ぶというが、ふたりの女性の声は間合いもゆらぎも似ていた。  開発部もデータの蓄積と解析に余念が無い。  産まれたのは女の子であった。男は産声を聞きながら至福の時を過ごしている。将来が楽しみな声である。女の子は知恵(ちえ)と命名された。  出産後、女は一年間の育児休業となった。男は将来の暗唱に備えて、源氏物語の原文を少しずつ暗記し始めた。  明日から女が育児休業を終え復帰するというので、お目付け役の女性の送別会が銀座のクラブで行われた。男も久しぶりにクラブで談笑している。お目付け役の女性に大学時代の同期の男を紹介した。同期の男も女性の声に惚れ込んだようである。  翌日、女は知恵を連れて復帰した。知恵の脳波も記録したいという開発部の願いは叶えられた。  産休前までの暗唱の確認が終わり、続きを暗唱していく。両親の姿に知恵は上機嫌である。  何とか国語の暗唱が終わり、数学、社会、理科へと続く。  小学一年から高校三年までの教科書が、すっかり男に沁み込んだ。
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