4.過去2

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4.過去2

「よくある話です。痴漢の冤罪ってやつで捕まって」  あの日は会議が朝一にある日だった。僕は右手に鞄を左手に会議用の資料を持って意識を仕事に埋没させながら満員電車に揺られていた。普段ならなるべく両手が見えるように鞄は胸に抱きかかえもう片方の手で吊革を掴むようにするのだけれど、その日はそんな気遣いよりも仕事が気になっていた。  でも、それが間違いだった。会社まで残り一駅というところで、やめてください! と突然鞄を持っていた側の手を掴まれた。 「鞄、持ってたなら無理、ですよね?」 「ええ。そう訴えたんですが、周りの乗客から僕が被害者の女子高生のお尻に触っていたと証言が出て。こうなると裁判で勝つのは難しいとかで弁護士に認めてしまった方が良いと勧められて……認めてしまいました」  だが、認めてはいけなかったのだ。そう気づいたときにはもう遅かった。 「示談はしました。でも僕はやってない。そう言いましたが、会社は僕の言い分を聞いてはくれず解雇されました。友達も犯罪者とは関わりたくないと言わんばかりに連絡がつかなくなりました。……一番近しいと思っていた彼女からも、捨てられました」  ういろうは黙っている。かける言葉に困っているだろう彼に向かい、僕は昏い笑みを零す。 「ヒロキが羨ましいです。愛する人のために前向きに死を選べるんだから。死後の世界をバーチャルワールドなんて言えるくらい人生を愛せてたんだから」 「本当にそうでしょうか」  ふいに声のトーンが下がる。え、と彼のほうを向くと、ういろうはこちらではなくフロントガラスの向こうに広がる樹海を見ていた。 「本当に……前向きに死を選ぶ人なんているんでしょうか。いや……いていいのでしょうか」
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