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2.過去
海老名サービスエリアのグルメは有名だ。ういろうもそれは知っていたらしく目を輝かせて買い物をしていた。その結果、車の中はメロンパンの甘い匂いと、ジャガバターの香ばしい香りと焼肉串のこってりとした油の薫香で覆われている。
「もう日が暮れますね」
慣れた手つきで運転しながらういろうが言う。目的地まで残り三十分とナビが表示していた。
「ういろうさんは……行ったことあります?」
前方を見たまま、ういろうは数秒黙ってから静かに頷いた。
「ありますよ」
「そのときは……戻ってこられたんですね」
「まあ……そうですね。覚悟も度胸もなくて」
横顔だけで彼は笑う。それきり口を閉じる。
運転中にあれこれ言うのもなにか、と黙っている間にも車は進み、やがて高速を下り、一般道へと乗り入れた。
それから走ること数分、車は目的地に到着した。
こんな季節に、しかも日も暮れたこんな時間に来る人間もいないのか、駐車場に車の姿はない。店らしきものも見えるが今は閉まっているようだ。
「外は寒いですし、ここで最後の晩餐、しましょうか」
淡々とした声でういろうは言う。そうですね、と頷いて僕は膝の上に抱えていた最後の晩餐たちを見下ろした。
「どうぞお好きなものをお好きなだけ」
僕はこれを、と言いつつメロンパンを取ったういろうが促す。
僕は彼が最初抱えていたシュウマイの箱を開けた。
冷めていたけれど……美味かった。
「美味しい、ですね」
「本当に」
もそもそと咀嚼音が車内に響く。
気づまりだとも思った。でも……これが最後なのかと思ったら少し……ほっともしていた。
自分がひとりではない、ということに。
「ういろうさんはどうして、いきたいんですか」
尋ねるのはルール違反な気もした。でも共に旅立つのだから訊いてもいいようにも思った。
「弟がね、いってしまったんです」
彼はフロントガラスの向こう、闇に沈む森……樹海に目をやりつつ語り始めた。凪みたいな声で。
「僕とは違って才能があるやつでした。感受性が強くていろんなことが見えて、いろんな人の気持ちがわかるやつで」
ぐいぐいとペットボトルのキャップを開け、ういろうは一口お茶を飲む。こくり、とお茶が喉に落ちる音がやけにはっきり響いた。
「弟はずっと在宅でできる仕事をしていました。閉じた生活にも見えたけど、でも、ほら、今はね、家にいてもSNSで外とは繋がれるでしょう。だから友達もいて孤独はなかったようなんです。最初はね」
「最初は……」
「炎上、しちゃったんです。ちょっとしたことでした。でも彼の周りはその些細なずれを許してはくれなかった」
「それで弟さんは……」
「ここで、死にました」
死。
くっきりと刻まれた言葉にふっと車内の空気が薄くなった気がした。
「僕は……弟の変化に気づくことができなかった。逃げ道を死にしか見つけられなくなっているほどに追い詰められていることに全く気づかず、『ネットなんて気にするな。そんな顔のないような人間になにを言われたって大したことない。そんなの気に病むなんておかしい』と言ってしまった。弟は『そうだね』と笑って、その話をした二日後、ここで首を吊って死にました」
ういろうの肩が震える。あの、と言いかけた僕の前で彼は、すみません、と詫びると、指先で目尻を拭ってからこちらを見た。
「あれから僕は満足に眠れなくなりました。後悔で押しつぶされそうで苦しくて。誰かを恨みたくてSNSの海を漂いました。でも海は海です。弟を死に追いやったものは膨大な海水であり、僕にはどうにもできなかった。そんなときにあなたの書き込みを見つけました」
すうっとういろうがこちらを向く。駐車場にある街灯からの光が車に差し込み、彼の白目を白々と浮き上がらせた。
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