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3.負け犬ヘブン
「負け犬ヘブン。大島孝臣の漫画のラストシーン。主人公のヒロキが世界の悪を一身に背負い、自身の身をもって悪を抱いて死を選ぶ。その彼の最後の台詞。
『そうだ、バーチャルワールドへ行こう』。
タイムラインで流れてきた、あの漫画の台詞がすごく光って見えた」
ういろうはそう言い、運転席のシートに体重を深く預けた。
「多紀さんは、あのラストをどう考えたんですか?」
「どう、とは」
「ヒロキはどんな思いでああ言ったと思います?」
ヒロキ。負け犬ヘブンの主人公。テロ組織を密かに壊滅しながらもその功績を誰にも告げることなく、自分こそがその組織のボスであると偽って命を絶った彼。本当のボスが愛する彼女の父親である、というその秘密を守るためにこの世界に背中を向けた男。
彼はとても強く、でも、とても孤独な男に思えた。
「愛のための選択ですし、本望だって思ってたと思います。死後の世界をバーチャルワールドって言ったのは……彼女と共にいられない世界はどこもバーチャルみたいなものだって、そんな意味だと」
「多紀さんご自身もそう思っておられますか。あの世はこの世とは違う、バーチャルみたいなものだと」
ういろうが問いかけてくる。僕は冷めきったたこ焼きを一つ口に入れ、時間をかけて喉の奥に押し込んでから口を開いた。
「僕は……バーチャルとかどうでもいいです。ここ以外ならどこでもいい」
「もしよかったら、話を聞かせてもらえませんか?」
ういろうの声に僕は俯く。正直、あまり思い出したくはない。でもこれも最後かと思うと話してみてもいいかと思えてきた。
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