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5.遺書
なんでそんなことを今言うんだろう。自分達はまさにこの後、あちらの世界に逝こうとしているというのに。遺書だってロープだって僕の鞄には入っているというのに。
だが、遺書について思い出したところで僕は唇を噛んだ。
遺書は……ひどいものだった。どう書いても恨みつらみしか、出てこなかったから。
どうして信じてくれなかったの。
どうしてわかってくれなかったの。
どうして聞いてくれなかったの。
どうして、ひとりにするの。
ひたすらどうしてしか出てこなかったから。
癖字が躍る便箋には、どうしようもないくらい後ろ向きな言葉しか並んでいなかった。親への感謝も詫びも、なにもなかった。
ヒロキのようなすがすがしさはそこには微塵もなかった。
「俺、遺書、愚痴ばっかり書いちゃいました。かっこ悪いなあ……」
呟くと、そんなことはないですよ、と強い声が返ってきた。驚いて彼のほうを見ると、ういろうがまっすぐに僕を見つめていた。
「かっこ悪くないです。それだけ執着できていたということだから」
「執着?」
「周りの人や社会に。それはそのまま多紀さんが周りの人を大切に思っていたからってことだと僕は思う」
大切。確かにそうだ。でもそれは片思いみたいなものだ。
だってそうだろう。いくら声を張り上げても誰も振り向いてくれなかったのだから。俺はやってない。俺は違う。俺はそんな人間じゃない。何度も訴えた。何度も何度も。
でも親でさえ、彼女でさえ、僕の声を拾い上げてはくれなかった。
そう思ったら泣けてきた。ああ、やっぱりここにきて良かったと思えた。
ここで終わるのがきっと、いい。
その僕の横でういろうは黙っていたが、ややあってふっと息を漏らした。
「バーチャルワールド、行くのやめません?」
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