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6.正体
どう返事していいかわからず、唖然とした僕の前でういろうは深いため息をつく。
「……やっぱり黙っているのはフェアじゃないですね。すみません。僕はこういう者なんです」
言いながらういろうが上着のポケットからなにかを出す。街灯の明かりに照らされて見えたそれは……警察手帳だった。
「は……あの、痴漢の件はもう」
「わかってます。僕の所属部署はサイバー犯罪対策課。いわゆるネット上の違法情報を捜査するための部署なんです。だから日常的にSNSチェックは行っていて。……そこで多紀さんの書き込みを見つけたんです」
ういろうはぱたり、と警察手帳を閉じる。宇崎一郎と黒々と書かれた文字と、目の前のういろうよりもよほど畏まった顔が僕の視界から消えた。
「……死にたい奴を止めることも仕事ってわけですか」
震える声で問うとういろうは、いいえ、と小さく首を振った。
「警察は起きた事件に対してしか動けません。もちろん犯罪に繋がるものは対処します。でも多紀さんの書き込みはそうじゃない。実際、この書き込みの意味がわかっている警察関係者はそういないでしょうね。ただ……僕は放っておけなかった」
「だから自殺志願者を装って来たって? 警察らしい汚いやり口ですね」
苛立ちから声が上ずる。取調室で居丈高に恫喝してきた刑事の顔が目の前を過った。そうですね、とういろうの乾いた声が僕の意識をこちらに戻す。
「本当に汚いです。でもこうでもしなければ多紀さんは気持ちを聞かせてはくれないでしょう。いくら自殺なんて駄目だってネットを介して説得したって、そう簡単に聞き入れてはくれないはずだ。違いますか?」
「顔を合わせて話したとしても同じですよ。僕はひとりでも逝く。止めないでください」
もうこの車の中にいる必要もない。荒々しい手つきで助手席のドアを開けたときだった。
「ヒロキは前向きなんかじゃなかったんですよ。死ぬのなんて嫌だって泣いて喚いて抵抗したんです」
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