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何処に行くのか勿論分からなかった。
それでも一瞬で柚の心が待ったをかけた。
「一緒に行ったら駄目ですか?」
急に出かけると言ったのは、絶対今のアレが原因だ。
柚と一緒に住んでから、神代はほぼ毎日夕食を一緒に食べてくれていた。
もしそれが叶わないとしても、必ず朝にはそれを伝えてくれるのだ。
今から神代は抱えた怒りの原因に触れに行く。
それが分かった。
「……仕事です、待っていてください」
「一緒に行って、車で待ってます!それでも駄目ですか?」
怖かった。
何時もの神代と違うから。
何か凄く嫌な事に向かおうとしている気がした。
必死で見上げる柚と目を合わせた神代が、困った顔で微笑んだ。
少し乱れた柚の髪を、そっと撫ぜて整える指先。
「……今から僕がする事は、貴女に見せたくない」
何処に行くの?
誰と会うの。
神代の背中に腕を回して抱きついた。
「柚さん」
名前を呼ぶ声は少し困って、でも噴き出しそうだった瞳の怒りが僅かに勢いをなくした。
「……」
「……」
もし本当にこれが神代の仕事だったら、彼の今の怒りと関係の無いイレギュラーに入った仕事に向かうだけだとしたら、これはとんでもない迷惑な話しだろう。
「……分かりました、一緒に晩御飯を食べましょう」
小さくため息をついて、神代は柚と家にあがった。
行かないとは言わなかったけれど、今すぐ柚を置いて出かけることは諦めたみたいだった。
柚はすぐに手を洗って、まだ少し温かいシチューに火を入れる。
神代は柚に負い目があるのかもしれないと思った。
だっていつも紳士で、こんなふうに必要以上に密着したりしなかったのに。
神代はずっと柚の後ろにいて、今だって鍋に向かっている柚の腰を抱いて後ろからその手元を見ている。
「ブロッコリーが茹でてあるんです、食べるだけその都度入れた方が色が綺麗らしいので」
「ブロッコリー好きなんです、ありがとうございます」
いいえと答えて髪にキスをする神代の意識は、多分半分以上ここに無い。
それを感じながら、柚は神代が何をしようとしているのかを考えていた。
十分温まったので火を止め。
二人分を皿によそう。
あとはパンとサラダを運んでテーブルにつくだけだ。
……とてもそんな気持ちになれなくて、柚は身体の向きを変えた。
「どうしました?」
目元をほころばせてくれる神代の胸に、なるべく隙間なくくっついて抱きしめる。
話してほしかった。
柚がわからない様な専門的な話しだとしても、知りたかった。
見ないで欲しいと言うのなら目を閉じているから。
でもお願い、心配させて。
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