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「…………どう言えばいいのか、ここに来る間ずっと考えてたんだけど」
麻子の目は、神代の背後や部屋の隅々まで見ていて。
麻子の背中に居たものに触れた神代を心配している。
神代の力の強さを麻子が知らないわけがないのに。
それが母親と言う物なのだろう。
大丈夫だと分かっても、痛い思いを、辛い思いをして欲しくないから。
いつだって心配で、大切で。
神代は言葉を切って、少し照れくさそうに笑って立ち上がった。
何をするのだろうと、柚も麻子も立ち上がった神代を見上げた。
神代は何かを覚悟するみたいに、ぽり、と額を指先で掻いて。
おもむろに麻子の腕を取った。
「え?渉?」
「うん」
腕を引かれて立ち上がった麻子。
その身体が浮いた。
何かの時に柚にする様に、神代が麻子を横抱きに抱き上げたのだ。
「えっ、渉、何するのっ」
「……うん、抱き上げたんだ。初めて」
じんとして、柚は涙ぐんでそれを見ていた。
何を始めたんだと、慌てる麻子を一度抱き直して神代はくるりと身体を返した。
そこから見える寺の敷地に目をやると、静かに腕の中の麻子に語りかけた。
「母さん、僕はこうして母さんを支えたいんだ……僕を心配してくれるのと一緒で、僕だって母さんが心配だよ」
「……」
「僕には家族が出来たから、そりゃあいつもと言う訳にはいかないけど……無理はしないで欲しいし、兄さん達の分まで色々引き寄せる必要はないと思う」
「渉……でもね」
麻子の手が少し迷って、そっと神代の肩に触れ自分を抱き上げる神代の加勢をした。
「……兄さんは力はイマイチだけど、信心が護ってくれる。……父さんは引き寄せるほど波長も合わないし、僕に至っては余裕で跳ね返せる」
だから、と神代は柚にする様に麻子を優しく見下ろした。
「わざわざ引き寄せて歩かないで」
「……」
「僕から、もう母さんとの時間を奪わないでよ……長生きして欲しいんだ」
麻子が両手で顔を覆って、神代の腕の中で小さくなった。
肩が震えて嗚咽が漏れる。
柚の涙腺も崩壊して、ボロボロと涙が溢れて落ちる。
「パパ!意地悪したらだめー!」
広間の奥で遊んでいたはずの幸成が駆けて来た。
今までのしんみりした空気を引き裂く高くて可愛い声だ。
神代の足元までたどり着くと、ペシペシとその足を叩いて。
「ばぁばもママも泣かしたらだめよっ!」
と、ナイトよろしく神代を見上げている。
「……ほら母さん、僕の子供も貴女を護るよ」
そう言って笑った神代は晴れ晴れとした表情を浮かべて、座ったまま涙ぐむ柚と視線を合わせる。
これでいいよね?と微笑む神代と見つめあって。
柚も同じだけの幸せに頬をゆるめた。
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