家主

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家主

立ち上がった柚は、痛む背中を庇いながら玄関で待つ家主に近づいた。 (ええと……神代 (わたる)さん) 「神代 渉さんへのお荷物です、すみません、中身の確認をお願い出来ますか?」 そっと荷物を差し出す柚に、神代は視線をとめた。 「いや、割れる様なものは頼んでないから……」 歳の頃は三十代か、見た目より雰囲気が落ち着いてるなとサインを済ませてくれている神代を見ていた。 差し出したペンを受け取り、柚はもう一度頭を下げた。 「申し訳ありませんでした」 「……いえ」 どことなく神経質そうな視線。 黒縁の眼鏡がその雰囲気によく合っている。 しかし、醜態を晒した上にじっと見るのもよろしくない。 それではと挨拶をして柚は踵を返した。 「……あぁ君、ちょっと待ってください」 柔らかい声質だけれど、どこか冷たいなとおもった。 そりゃあ初対面でフレンドリーとは行かないが、なんというか機械みたいに感情のない声だった。 「はい?」 「肘……血がでてる」 言われてぱっと肘を上げて見れば、確かに制服のシャツに血が滲んでいた。 「あ、はは……大丈夫です」 「……ちょっとそこで待っていてください」 「え?」 神代は、聞き返した柚に返事もせず手渡した荷物ごと玄関の中に消えた。 「……」 絆創膏か何か持ってきてくれるのだろうか。 出来ればそそくさと退散してしまいたかったのだけれど。 柚はその場で言われた通り立ったまま神代が戻るのを待つことになった。 二階建てのスタイリッシュなお宅である。 グレーと白のツートン。 柚の住んでいた純日本家屋とは大違いだ。 (初日から、やっちゃった) 誰もが知っている運送会社に就職したのは半年前だ。 昨日までは違うルートを受け持っていたのだが。 新しい受け持ちに気合いを入れた途端にこれである。 昔からガッツはあるけど、どうもここぞと言う時にキマらないのが悩みだったりする。 カシャンと玄関のドアノブが引かれる音と共に、神代が薬箱を手に出てきた。 半身だけ見えていた玄関から全身を表した神代は、背は高いが少し猫背気味の……疲れた印象の男だった。 「女性を家に入れる訳にはいかない、ここで申し訳ないですが」 座ってと、神代は薬箱と一緒に握ってきたクッションを玄関アプローチの階段の上に置いた。 そこに座れと言う事なのだろうが柚は大急ぎでそれを拾い上げた。 雨上がりの湿気った地面で、質の良さそうなクッションが汚れてしまう。 神代は柚のその動作を目で追って、眼鏡の奥の瞳を少しだけ緩めた。
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