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「……実家に帰ろうと思っただけです」
「じっか?実家??」
あんな怒りを抱えた顔で?
はてなマーク満載の顔で見上げる柚を見て、神代が苦笑した。
もう一度神代が答える。
「そうです、実家に乗り込もうとしてました」
乗り込むと言う単語により分からなくなった柚、神代は食べましょうと柚をダイニングテーブルに促した。
「僕の母方に力があったと話したの覚えてますか?」
「はい、お父様が養子に入られたって」
「ええ……今回柚さんに害を加えようとしたのは、母です」
「えっ」
驚いて思わず声がでたけれど、あまりの衝撃にその次の言葉が出てこなかった。
だって、柚はあの日神代の母親の顔すら見ていないのだ。
「……意識的にか、無意識にか。僕にはわかりません。……昔から」
かちゃ、と音を立てて神代がシチューにスプーンを入れる。
「…………昔から?」
「ええ、昔から」
この二日ではなく、昔からと言う言葉に柚は違和感を覚え、神代は言い間違えでは無いと言うふうに昔を強調してもう一度言い直した。
せっかく作ってもらった夕食。
柚は味も分からずに食べた。
シチュー一杯を無理矢理胃におさめた。
食べ終わった柚は直ぐに立ち上がり、いつものペースを崩さずに食べ続ける神代の隣りに座る。
飄々としたその表情が、静かなその雰囲気が無性に不安になったから。
無理をしている様に見えた。
完璧に平静を装い、保ちながら。
その胸の中に深い苦しみが渦巻いているように見えた。
「……渉さん」
「はい」
「明日、行きませんか?」
不自然なのだ。
いつでも柚が話しかければ向けられる視線が無い。
流れる様に止まらず、神代は口に食べ物を運び続ける。
まるで悲しみを食べて居るみたいだ。
窒息してしまう。
「明日、休みですから……だから一緒に行きませんか?」
神代の手が止まる。
連れて行きたいわけがないから、多分今も柚をここに残す理由を探しているだろう。
神代の母親が昔から彼に何をしていたのか、神代が柚に何を隠したいのか。
それを知っていいのか。
柚の中に葛藤はあるけれど。
それを超える心配があるから。
「連れて行ってくれませんか?」
酷く苦しげな顔で、神代が柚に顔を向けた。
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