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2.
「篠崎くん。今日このあと予定ある?」
神楽に『あたし、かぐや姫の血を受け継いでるの』と冗談を言われた翌日の帰り道。いつも別れる交差点で、神楽は俺にそう聞いてきた。俺は首を横に振る。
「いいや。なにもないけど。どした?」
「うち、来ない? 今日満月だから月から使者が来るの。月に連れてってあげるって昨日約束したでしょ? 行こうよ」
今日、合奏で『フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン 』という曲をやった。出演依頼があった今度のイベントで披露する曲だ。高校生が演奏するにしてはいささかムーディーチックな気がするが、ジャズのスタンダードナンバーの代表曲で、ゆったりとした曲調が耳心地の良い印象を与える曲である。
月に関係する楽曲を演奏したから、神楽はそんな冗談を大真面目な顔で言うのだろうか。いいだろう、いいだろう。昨日から謎に続く、神楽のそんな突飛な冗談に付き合ってやるのも面白い。
「分かった。俺を月に連れてって」
昨日と同じように俺たちを見下ろす月。神楽が言っていた通り、やたらと大きく見えた。確か名前はスーパームーン。
「よし、そうこなくっちゃ!」
指を鳴らした神楽のあとについて、俺は神楽家へ向かった。
────
「おお、さすが花形のトランペットを吹いてるだけあるなぁ。篠崎くんの肺活量がすごい」
神楽家に招かれた俺は、怒涛の勢いで身体のチェックをされた。俺は言われるがまま、体重や身長を測定する機械に乗ったり、謎の機械に息を吐いたりする。
「お父さん、尿検査も異常なしよ。超健康体」
神楽のお母さんが機械の前で人差し指と親指をくっつけ、丸を作った。神楽の両親は白衣を着ていて、楽しそうにしている。
俺が神楽家へ行くと、白衣を着たご両親に出迎えられた。前情報としてお父さんが医者であることは教わっていたが、お母さんも同じ格好をしていたので医者一家かと思った。が、どうやらお母さんは臨床検査技師らしい。
医者のお父さんが白い歯を見せて親指を立てた。
「いいねぇ、篠崎くん。これだけ健康なら月に行っても問題なさそうだよ」
「はぁ……」
さすがの俺でもあまりの手の込みように、神楽の言ったことが冗談ではないような気がしてきた。
いや、でも、いくらなんでもかぐや姫の血を受け継いでるからって、月から使者が迎えに来て一緒に帰るだなんて、あまりにもメルヘンチックすぎやしないか? 神楽との仲はまだ2年で浅い付き合いだが、メルヘンな神楽は見たことがない。確かにボケが多い神楽ではあるが、2日もかかる、さらには家族総出の壮大なボケなんて、もはやボケじゃない気がする。
「ごめんね、篠崎くん。月に行くにはいろいろと条件が必要で、まず健康体じゃないと入月できないの」
「そう、なんだ」
「あともう少ししたら使者が来ると思うから、お茶でも飲んでゆっくりしてて」
「はぁ……」
全くもって現実感がないが、神楽にダイニングテーブルの椅子をすすめられたので素直に座らせてもらう。氷の入った麦茶が目の前に置かれた。
神楽のお母さんがニコニコしながら俺を見る。
「弥恵から『一緒に月に行きたい人がいる』って言われたときは驚いたけど、篠崎くんなら安心ね。健康体だし、弥恵のこと理解してくれてるし」
「いや、理解というか、まだ信じてないというか……」
「あら、そうなの? 弥恵が3歳のときにね、月から使者が来て、『この子はかぐや姫の血を受け継ぐ子だ』って月に連れていかれたの。驚いたけど、本人は『そんな気がしてた』とか言うし、月を見上げては寂しそうにしてたから、そうなんだろうって受け入れたの」
「はぁ……」
納得できずにあいまいに頷くと、聴診器を首から外しながら今度はお父さんが口を開く。
「まぁ篠崎くんが疑心暗鬼になるのも仕方ないさ。百聞は一見に如かずってことで、実際に行ってもらうしか分かってもらえないだろう」
「そうよね」
カラン、とコップに入った氷が音を立てる。ガラスコップには水滴がついていて、上から下へツーッと滴るのが見えた。
もし、本当に月に行けるとしたら、俺はなにをしよう? っていうか、大金を出して月へ行く予定のあの有名人は、一体なにをしに月に行くのだろう? そもそも、神楽はなにをしに月に帰るのだろう?
腕を組んで考えていると、神楽家のインターフォンが鳴った。お母さんが立ち上がる。
「月の使者が来たみたい」
思わず俺も立ち上がった。
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