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3.
「なるほど。弥恵さんのお友だちですね。篠崎輝明様。ふむふむ、健康状態も良好、と……」
月の使者と紹介された人は、どこからどう見ても執事だった。スラリとした身長に蝶ネクタイ。黒縁メガネをかけて両手には白い絹の手袋をはめている。その使者は神楽の両親が作成した俺のカルテらしきものを、その長い指でなぞりながら頷いた。
月の使者って人間なんだ。てっきり喋るウサギとかかと思った。普通に日本語喋ってるし、日本語も読めるらしい。ちょっと胡散臭くなってきたけど、大丈夫か?
俺の隣にそろりと神楽が並ぶ。
「篠崎くん、顔がめっちゃ疑ってる。楽譜通り吹いたらみんなと音が嚙み合わなくて、楽譜のミスプリントなんじゃないかって思ってるくらい疑ってる」
「よく分かったな。俺は今まさにそれくらい疑っている。本当に月に行けんのか? そもそも本当に神楽はかぐや姫の血を受け継いでんのか?」
疑り深い俺に、神楽は制服のポケットから手のひらサイズの赤い手帳を取り出した。学校の生徒手帳だ。
「あたしの名前、フルネームで言える?」
「え? えっと……神楽弥恵、だろ?」
神楽は自分の顔が写った部分を俺に見せる。そして、名前の上に記されたフリガナを指さした。
「かぐらやえ。略して『かぐや』」
「いやそれ後付けだろう。だってお前のお母さん、神楽が3歳のときにかぐや姫の血を受け継いでることを知ったって言ってたぞ」
「ちぇ、バレたつまんないの」
唇を尖らせる神楽だが、「チャッチャラ~! ドッキリでした~!」なんて愉快な音とともにいたずらっ子の顔で言いだすような雰囲気ではない。これはもしかしたら、マジのガチで月に行くのかもしれない。
「それでは月に行くにあたって、篠崎様にはこの酸素カプセルを飲んでいただきます」
そう言って執事風の月の使者は俺に薬のカプセルを手渡してきた。なんだって?
「酸素カプセル?」
「はい。月にはご存じの通り酸素がありません。地球人が生身で行くと窒息死してしまいますから、この酸素カプセルを飲んでいただき、月でも息ができるようにします」
「…………」
イラストでよく見かける、半分が赤で半分が白の楕円形をした薬だった。あぁそうなんだじゃあいただきます、と素直に飲めるほど俺は純粋じゃない。なんか、ヤバい薬だったらどうする? どっかの少年探偵みたいに身体が小さくなるとか。
あまりにもマジマジと見すぎたのか、神楽が「大丈夫だよ」と笑った。
「苦しくなったりしないから。逆に飲まないと苦しくなるし。まぁ不安になるのは分かるけど、あたし、嘘つかないから」
水なしで飲めるよ、と付け加えられた。俺の手のひらに乗っている薬が宇宙船に見えてくる。
「神楽は飲まなくても平気なのか?」
「あたしはかぐや姫の血を受け継いでるから、飲まなくても月で息ができるような体質になってるの」
「……そうか」
俺は薬を飲む前にゴクリと喉を鳴らした。まぁ確かに神楽は噓つきではない。たとえこの薬が体に害を与えるような薬で、俺を陥れるためにこんな壮大な嘘をついているとしても、俺は御曹司でもないしどこかの国の王子でもないからメリットがない。よって、この薬は安全である。
数学の証明みたいな結論が自分の中で出たところで、俺はその赤と白の薬を口の中に放り込んだ。唾液とともにゴックンする。
しばらく喉につかえた感があったが、食道を通り胃の方へ流れていったような感じがした。
それを見ていた執事風の月の使者が、恭しくお辞儀をする。
「それでは、弥恵様と輝明様。月へご案内いたします」
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