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「UFOとか鉄道とかじゃないんだな。乗り心地のいいリムジンで行くなんて……」 「一応あたし、お姫様だし?」 「血ぃ受け継いでるだけなのに?」 「リムジンに乗れるだけありがたく思ってよ。こんな経験、普通はできないんだから」  どうせなら地上で乗りたかった、という言葉は飲み込んでおく。適当に「確かに貴重だよな」と頷いておいた。  リムジンは当たり前のように空を飛んでいた。結構速いスピードらしいが、車内にいる分には耳が詰まったり圧力を感じたりはしない。本当に動いているのかさえ疑ってしまう。  ダックスフントでいうところのお尻の部分に、俺と神楽は座っていた。白を基調とした内装のリムジンは、目に優しい照明で座る椅子も沼かと思うくらいに身体が沈む。外の景色は家の明かりで作られたイルミネーションから、真っ暗な異空間へと移り変わっていったので、確かに動いているらしい。 「この辺から空気が薄くなっていくみたいなんだけど、篠崎くんは苦しくない?」 「ううん、全然。普通に息ができてる」 「それはよかった」  あれは確かに酸素カプセルだったということを、身をもって体験した。ここまで来ればさすがの俺でも疑ったりはしない。まだ月に着いてないけど。 「っていうかさ、月って遠いよな? 何時間で着く予定なんだ?」 「えーっと……月までは約38万キロの距離があるから、時速100キロの車で走ったとして……?」  神楽に投げかけられて考える。月まで38万キロ……38万キロ!? 「……約160日!?」 「おお、大正解〜」 「拍手なんてしてる場合か! ビュンッて行けないのかビュンッて!」  地球から見る月は、特に今日の月はとても近く見えたはずなのに、そんなに遠いのか。っていうかそんなにかかってたらこれからの生活とかどうすんだよ! 「大丈夫。ある地点まで行くと、瞬間移動みたいにビュンッて行くから。詳しくは知らないんだけど、知らないうちに着いちゃってるよ」 「ならいいけど……」  いや、いいのか? リムジンが大破したりしないよな?  外を見ても真っ暗でなにも見えない。その暗さがブラックホールに見えてきて寒気がした。  飲み込まれて二度と地球に戻れなくなったら。好きな音楽を奏でられなくなったら。負の妄想が頭を駆け回り、ものすごい後悔に襲われる。  軽々しく「月に行ってみたい」なんて言うんじゃなかった!  頭を抱えた俺に神楽が「大丈夫?」と心配そうな声で背中を撫でてくれたとき。 「お待たせいたしました。月に到着しましたよ」  執事風の月の使者がリムジンのドアを開けた。顔を上げて使者を見る。 「どうされました輝明様? 足元お気をつけてゆっくり降りてくださいね」 「ほら、ね、あっという間だったでしょ? 行こ、篠崎くん。あたしが月を案内してあげる!」  一体なにがどうなったらこんなに早く着くんだ。いや、もう考えることはやめよう。  納得いかないことはたくさんあったが、俺は「そんなもんだ」と深く追求しないことにして、ゆっくりと月に降り立った。
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