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廃マンション
廃墟となったマンションを訪れた女子大生のFさんとその彼氏のIさん。
ここは心霊スポットとしていくつかのサイトで紹介されている。
屋上から飛び降りる人の影を見た、という事例が最も多い。そのほか、忍び込んだ友人が帰ってこなくなった、夜にアパートの方から叫び声が聞こえた、という報告もある。
Fさんたちは、実際に中を見て回って何か不気味なものが撮影できればネットにアップするという腹づもりであった。
怖がるIさんのために、午後のまだ日が高い時間帯からやってきた。
「ああ、いい感じに何か出そう」
「俺は出ない方がいいんだが」
ホラー映画も苦手だというIさんである。
曇天の冬の日。いっそう気分が滅入る天候だが、目的を考えると浮つかずに神妙な気持ちにもなれたのはいいのかもしれない。
「本当に人気はなさそうだな。でもこの車は?」
「出てった人が放置してったんでしょ」
この7階建てプラス屋上があるマンションは老朽化で閉鎖され、聞くところによると来年取り壊しが始まるらしい。人は住んでいないが、車が何台か駐車場に放置されていた。
近くにあるのは古びた水道、手入れがされず雑草に乗っ取られている花壇。住人が去ってからは朽ち果てるのを待つだけになっているようだった。
「こっちの扉が、開いてるんだっけ」
廃墟となったこのマンションを以前に訪れたことがあるという人物と、FさんはSNSでやり取りしていた。出入り口の鍵が壊れている扉があり、自由に中に入ることができるという情報を得ていた。
「あらら、本当だね」
情報に従って向かった先。そこにあったガラスの扉がギーと鳴って開いた。
Fさんがずんずんと入る。
Iさんはまだ乗り気でないのか、遅れて入ってきた。
「このマンション、皆いなくなったのかな」
「そりゃそうでしょ。勝手に住んでる人はいるかもしれないけれど」
意外と臭いこそないが、空気がよどんでいるのを感じた。音はしない。時が止まってしまっているかのようだ。
手前にあった部屋のドアに手をかけるが、鍵がかかっていた。
「どうする?」
「とりあえず噂の屋上から行こうか」
少し歩いて、非常階段へとつながる扉を開けた。Fさんたちはそこを上って屋上を目指していくが、Iさんが声をかけてくる。
「なあ、途中の階がどんな感じか見てみようよ」
「うん、いいよ」
いったん途中の4階に立ち寄ることになった。
実際に歩き回っても怖いものが何も出てこないことで、Iさんにも幾分か普段の元気が戻ってきたようにFさんは思った。
Fさんは今では動かないであろうエレベーターの前に辿り着く。そこには少し広めの空間があった。窓から周辺を見渡すことができる。いろいろ眺めていると、少し遅れて後ろにIさんも来た。
同じようなマンションが視線の先に連なる。コンクリートと同じような空の色だった。寂寥感が漂う。
「退去した人たち、すぐに行き場所見つかったのかな。困った人とかいただろうにね」
「……」
Fさんが声をかけたが、後ろのIさんからの返事がない。振り向くとIさんがうつむき加減で窓の外を指さしているのが見えた。
「えっ? 何かある?」
窓の近くから外を見ていたFさんは、彼氏が指さす先を視線で追う。しかし他の建物とそのバックに灰色の空が広がっているばかりである。
「何か、変なものでもあったの?」
Fさんは振り向く。
すると、先ほどまでいたはずのIさんの姿が消えていた。
「え、あれ、I? どこ? あれ?」
キョロキョロと周囲を見回すが、彼氏の姿はない。
Iさんのスマホに電話しても話し中だ。
もしかしたら、彼が先に屋上に向かったのかもしれないと考えた。あり得ないことではない。
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