25 生きてさえいれば、いいことはあるもんだ!

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25 生きてさえいれば、いいことはあるもんだ!

 リリアンは十六年の禁固刑が言い渡された。  二度の殺人未遂罪、および詐欺罪、侍女への傷害罪、王族への不敬罪など、複数の刑が執行される。  殺意や執念深さは認められたが、死亡者がいないことから、無期限の禁固刑ではなかった。  彼女が収容される監獄は、政治犯などが入る場所だ。  脱走ができないよう、高い塀で覆われた要塞である。  3ヶ月は、刑期分の鉄の重りが手足にかせられ、1日1食のみ。雑穀がまじった一杯のスープしか与えられない。  模範囚になれない者は、拷問人が地下の個室へ連れていく。  刑期を終え、監獄から出られるかは、リリアン自身の振るまい方によるだろう。  クローデル男爵は、爵位を返上することになり、身柄を帝国へ引き渡されることになった。  帝国で裁判の判決を待つことになるが、炭鉱行きは免れないだろう。  ブックマンは精神に異常がみられることから、帝国で精神鑑定を受けた後に、刑務所に入る。  彼はもう二度と、太陽の下にでることはないかもしれない。  ブックマン確保の朗報を大使から受け、ルベル皇帝・皇后両陛下は、サイユ王国を電撃訪問。  サイユ国王と会談し、対外的に、ブックマン確保を公表した。 「ブックマン確保には、セリア・フォン・ポンサール、アラン・フォン・ポンサール、両名の尽力があってのこと。両名の勇気に敬意を評し、褒章を与えることとする」  帝国の発表後すぐに、サイユ王は、リリアンとブリュノ殿下の事件の全貌を公表した。  王国内でセリアの名前はすっかり悪女として通っていたから、その発表はセンセーショナルだったらしい。  責任は自身にあるとし、サイユ王はシャルル王太子殿下に全権をゆだね、国政から引退された。  妃殿下はブリュノ殿下と陛下と、数名のお供とともに、ひっそりと王宮を去ったそうだ。  あまり教えてもらえなかったが、古くからある精神病院に入ると聞いた。  王太子殿下はルベル皇帝陛下と対談し、これからも両国間は友好的な関係であると、アピールした。  優しい顔立ちの王太子殿下と、二メートル級のヒグマのような皇帝陛下。二人が並んだ姿は、あまりにも対照的すぎた。  皇后陛下は帰国の際に、なんと、カトリーヌ・カネと彼女の弟たちを帝国に連れてきたそうだ。  カトリーヌは訳がわからないようで、困惑して震えていた。うん。気持ちはわかる。 「ふふっ。主が黒といえば、白でも黒という子は嫌いじゃないわ。未来の納税者も連れて帰るわよ」  皇后陛下は情の深い方だ。カトリーヌにいい就職先を見つけることだろう。  王太子殿下は国王となると、貴族議会を解散した。これ幸いと、ポンサール公爵家の地位を落とす一派を政治の場から追い出してしまったのだ。  その代わり、父を宮廷に呼び戻し、兄は近衛に復帰した。  シャルル国王陛下は非公式の場で、兄に頭を下げたそうだ。 「私は君を擁護しきれなかった。それでも、また復帰してくれるかい?」  兄は陛下の前で膝をつき、「謹んで拝命します」と答えた。  シャルル陛下がほっと息をつく間もなく、兄が顔を上げる。  その顔は、従順な臣下ではなかった。 「今後とも、ポンサール家はシャルル陛下に仕えます。しかし、陛下。二度目はありません」  ひゅっと息を吸い込む陛下に、兄は残酷で美しい笑みを向けたそうだ。 「ポンサール公爵家(帳簿の番人)は、不正は認めません。たとえ、あなたの立場を悪くしても、正しくあろうとするでしょう。それでも、宜しいですか?」  シャルル陛下は小さく笑った。 「だからこそ、君が必要なんだ。私は未熟だ。私が道を間違えたら、私を蹴落とせ」  シャルル陛下はわたしへの思いを兄に語ったそうだ。  ――ブリュノを止められなかったことを、この先の人生で、私は何度も思い出し、後悔することだろう。セリア嬢という原石を失ったことも。  だが、後悔した分だけ、人を想うようになれるだろう。そう、私はありたい。セリア嬢の未来に幸運があることを祈る。  そして、ちょっと引くぐらい慰謝料を貰ったわたしは、人工皮膚移植の借金がなくなって、かなり嬉しかった。  借金を返済してあまった慰謝料は、兄に管理を任せてある。  王国と帝国の通貨は価値が違う。王国のお金を帝国のお金に替えると、手持ちが少なくなるのだ。  だったら、王国内で使ってもらった方が得だ。  そんな打算はありつつ、わたしは領地の再建に慰謝料を使ってほしかった。  ポンサール領はわたしと兄の汚名で信用がなくなり、疲弊していた。  ルベル皇帝陛下の言葉は、領民を歓喜に沸かせたそうだ。これから先、ポンサール領も元の平穏さを取り戻すだろう。  船長へは、特別な贈り物をした。  蒸気船だ。  船長はポンサール領に戻ってこれたが、船は修繕不可になってしまった。  自分たちの船を失った船長たちは、乗組員として働いていた。  蒸気船の贈り物をすると、船長の奥様は腰を抜かしたそうだ。 「あ、あ、あああっ あんた! ふ、船じゃないかいっ!」 「俺にだってよ! ははは! すげーな! 最新式の蒸気船だ! ――って、いっでえ!」 「……あんたを叩いても、手が痛くない。夢じゃないのかね……」 「おー、いだだ。ほらな。生きてさえいりゃ、いいことはあんだよ! かーちゃん! 酒だ! 酒もってこい! 仲間を集めて宴会だ! がははは!」  船長はまた、船を出せるようになった。  恩返しになったのなら、いいな。  すべての手続きをすませたわたしは、帝国へ戻ることになった。  兄が見送ってくれる。 「そうだ。これ」  そう言って、兄がくれたのは、父からの手紙だった。 「合わせる顔がないってさ……」 「そうですか……」  手紙は短く、こう書かれてあった。  ――守れなくて、すまない。  あなたの思う通りに、これからの人生を歩んでください。それ以上に、望むことはありません。  手紙を見て、切なくなった。  わたしは手紙をたたんで、ハンカチにくるんでカバンにしまった。 「後のことは気にするな。王国のことも。な?」 「アラン様……」 「じゃあ……元気で……」 「はい……」  兄に敬礼をして、船に乗り込んだ。甲板に出て、船の上から兄を見下ろす。  ぼおおおと、汽笛が鳴っても、兄はずっと手を振ってくれていた。  遠ざかる王国を船上から、ずっと眺めていた。  しばらくそうしていると、黙っていた閣下が近づいてきて、わたしの隣に立つ。同じように穏やかな海を眺めた。 「寂しい?」 「……はい。ちょっとだけ」 「ちょっとだけ……か。アランには、すぐに会えるよ」 「そうでしょうか……帝国と王国では、距離がありますし」 「じゃあ、帝国に来てもらえばいいんだよ」 「え?」  閣下を見上げると、とろけるチーズのような眼差しがあった。 「例えば、そうだね……俺とリアの結婚式なら、アランは絶対、来るんじゃないかな?」 「結婚式ですか……それなら、アラン様もこれそうですね。祝い事は休みが取りやすいですし」 「うん。そうだね。それよりも、リア?」 「はい。なんですか?」 「真顔で答えているけど、誰と、誰が、結婚するのか頭に入っている?」  白皙の美貌が、わたしの顔に近づいてくる。柘榴のような紅い瞳は、期待で輝いていた。  なるほど。この方と、結婚するのか。  結婚するなら、皇族の方々へご挨拶をしなくてはいけないだろうな。  閣下のご兄弟と、奥方と、子供だけで、21人もいるから、結婚式となったら何人、呼ぶんだろう?  1000人……は超えそうな気がする。うわあ、緊張する結婚式になりそう。大変そうだ。  ――って、結婚式?  ……え? え? え? 誰がするの?  ――わたしか。  そう気づいた瞬間、全身の熱が急上昇した。あまりに体が熱くて、卒倒しそうになる。  わなわなと唇を震わせ、後ろに下がろうとしたら、目にも止まらぬ速さで、閣下の鋼鉄の腕に体をホールドされた。 「はい。逃げるのはナシ」  にっこにこの笑顔で言われ、わたしは、ぴえんと言いそうになった。
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