12 リアは出会った頃に戻ってしまったみたいだ

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12 リアは出会った頃に戻ってしまったみたいだ

 リアを女子寮へ送った後、俺はその足で母上の元に行った。離宮で寛いでいた母上は、俺を見ると紅い柘榴のような瞳を向けた。 「アメリア嬢はサイユへ行くと言ったの?」 「言いましたよ」 「そう……あの子らしいわね」  満足げな声に、俺は顔をしかめた。  サイユ王国への保安隊の派遣は、陛下の指示であるが、裏で動いていたのは母上だ。  サイユ王国に派遣している大使からの姉上が爆破未遂に巻き込まれたという連絡を受けて、母は烈火の如く怒り、すべての情報網を使ってサイユ王国を調べさせていた。  リアを連れていった方がいいと言ったのも母上だ。  彼女はサイユ王国を知っているし、渦中の人間だ。彼女が生きて保安隊として行くことが、王国の動揺を誘うだろうという判断だった。  ――納得している。が、リアが泣いたことには納得できない。  リアはいつまで過去に傷つけられるのか。一連の出来事を思い出すだけで苛立ちは募った。 「……姉上の容態はどうですか? 爆弾を仕掛けられて、体調が悪くなったと聞きましたが」  一歳上の姉、マーガレットはサイユ王国の王太子妃になっている。政略結婚だが、夫婦仲はいいらしく、今年の終わりには第一子が生まれる。 「母子ともに健康だと聞いているわ」 「それはよかったです」 「妊娠初期は危ないからね……その時期を狙って今回の騒動を起こしたのなら、余計に許せないけど」  母上は艶やかに口角を持ち上げた。目は氷のごとく冷たい。 「それにしても二度も爆破物を宮廷に持ち込まれるとは、サイユ王はそんなに容態が悪いのですか?」 「孫の顔を見られれば、御の字といった所でしょう」  サイユ王は、元々、体が弱い人だ。たびたび発熱があったが、堅実な仕事をする方だった。サイユ王妃は、表に出てこない人だそうだ。控えめで真面目なふたりだからこそ、父上も母上も、信頼していた。 「サイユ王は王太子には友好国の姫を、次男には国内の有力貴族の後ろ盾を……と考えていたわ。次男が小娘のためにポンサール一族を切り捨てるとは思いもしなかったでしょうね。ポンサール一族(帳簿の番人)がいるから、サイユ王国は安定していたというのに」 「次男は無能だった、ということですよ」  俺は吐き捨てるように言った。 「リアを傷つけ、アランを監獄へ行かせた。胸くそ悪い……」 「ふふっ。なら、守ってやりなさい。何をしてもいいわ」  それは、存分に暴れてよいという許可だった。 「もとより、そのつもりです」  俺は母上と同じように口角を持ち上げた。  母上との密会を終え、サイユ王国へ行く準備を進める。リアは何かにとりつかれたように働いていて、見ていて痛々しい。まるで、出会った頃に戻ってしまったみたいだった――  リアと出会ったのは、保安事務局がある宮殿前だった。彼女は衛兵に囲まれながら、俺の名前を叫び、会わせてくれと言っていた。その姿は、まるで乞食のようだった。  粗悪な染め粉を使ったのか、髪の毛は染めきれずに、まだら模様だ。彼女が身につけたローブはボロボロで、臭かった。 「お願いします! デュラン殿下に会わせてください! アラン・フォン・ポンサールに言われて来ました!」  彼女の話を聞いていたペーターくんは弱ったぁという顔をしていた。俺は嘆息して、彼女の顔を見た。顔が汚れていたけど、虹彩を見てわかった。  向日葵のような瞳は、アランと同じだ。  賢王と呼ばれたサイユ王国の二代前の王と同じ特徴。すぐにアランの妹だとわかったけど、様子見をした。  ポンサール公爵家の娘が、宮廷に爆弾を持ち込み逮捕されたという情報は耳にしていたけど、詳細は調査中だったのだ。 「デュランは俺だよ」 「あなたが、デュラン殿下……」 「アランを知る君は誰?」  リアは口ごもり、名乗ろうとしない。俺は鼻で笑い、かまをかけた。 「アランの奴、おかしな客をよこしたものだね。あいつもとうとう、おかしくなったのかな?」  そう言うと、リアの瞳が大きく開き、怒りに染まっていく。どこにそんな力があったのか、俺の胸ぐらを掴んできた。 「にいさまを悪く言うな……! にいさまがどれほどの思いで、わたしを助けたのか……っ!」  リアは悔しげに下唇を噛んだ。  ――俺の妹は間違いなく天使だ  アランはそう言っていたけど、どこが天使だ。怒りに燃える向日葵の瞳は、アランにそっくりじゃないか。 「おー、閣下が女の子に胸ぐらを掴まれている」  ペーターくんが場違いな拍手を送る。思わずジト目で彼を見た時、リアは糸が切れた人形のように倒れた。彼女をひょいと抱えて、容態を確認すると高熱が出ていた。 「閣下、その子って」 「ペーターくん、嘘をつくのは得意?」  ペーターくんは真顔で肩をすくめる。 「もちろん。年齢詐欺師って、よく言われますから」 「じゃあ、何も聞かないで」 「わかりました」  ペーターくんと別れた後、宮廷女医を呼んでリアを介抱してもらった。発熱は衰弱によるものらしい。  母上にリアのことを報告すると「拾ったのなら、お世話をしなさい」と言われた。そして、リアの状況を説明してくれる。 「密偵からの連絡によると、第二王子の独断で、リア嬢は裁判もなく追放されたようね」 「真実は違うということですか?」 「本人に聞くとよいでしょう。でも、悪い噂が流れているわね」  母上が嘆息して、サイユ国の大衆新聞を見せる。大々的に第二王子の活躍が書かれていた。  名家ポンサール公爵家の裏の顔とか、聖女の顔をした悪女セリア・フォン・ポンサールとか、なんとか。  市民にとって貴族の醜聞は、甘い果実ともいえるご馳走だ。すぐにサイユ王国内で広まったらしい。 「サイユ王はこの件について黙秘をしているわ。今のところ、対外的にはセリア嬢は罪人ではない。けれど、彼女をこのままにしておくのは危険ね。帝国民として戸籍登録させましょう。新しい名前を用意して、あなたの部下にすればいいわ」 「保安隊に入れるんですか?」 「あら、おかしい? セリア嬢は7年も王子妃教育を受けた人間よ。有効活用しなくては」  母上は艶やかに微笑んでいた。  俺は肩をすくめ、部屋に戻る。リアは目覚めていて、放心していた。風呂に入ったおかげで、リアは身綺麗になっていた。サンシャインイエローの髪が目をひく。  俺はリアから事情を聞いた。リアの話は胸くそ悪くて、舌打ちが出た。 「国内は若い王太子が指揮しているか。……サイユはまずい状態だね」  嘆息すると、リアは何か言いたげな顔をした。そして、悲しみを振り切るように顔を上げていう。 「あの……デュラン殿下……わたしに仕事を頂けませんか?」 「働きたいの?」 「帝国で生きていきたいです」 「どんな荒行でもやれる?」 「やります」  真っ直ぐ見つめる瞳の強さに、ふっと口の端が持ち上がった。 「じゃあ、保安隊となって、俺の部下になりなよ」  こうしてリアは俺の部下となるわけだけど、まさか試験を一発で合格するとは思いもしなかったんだ。
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