13 リアが許しても俺は許さない

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13 リアが許しても俺は許さない

 リアは、アメリア・ウォーカーという名前で戸籍を登録された。目立ちすぎる瞳は伊達メガネで隠し、髪色は、リアの希望でトレビスが染めることになった。  髪のことしか興味のない宮廷髪結い師は「これはッ! 伝説のッ! サンシャインイエローではないかぁぁ!」と叫んでいるだけで、リアのことを深く尋ねることはない。  しかし、難点もある。染め粉を付けているから、リアは頭を洗えない。髪の手入れをかねて、リアは俺の部屋にある風呂を使うことになった。 「お風呂……って、どうすれば使えるのでしょうか……?」  小声で言われた時、そういえばリアはお嬢様だったな、と思い出した。俺は義手の手入れもあるから、風呂はひとりで入る。 「教えてあげるよ」  上着を脱いでズボンだけの姿になると、リアは俺の体を見て、目を見張った。向日葵色の瞳が見つめるのは、義手だ。慣れた視線なので、特に気にしない。 「筋電義手だよ。サイユじゃ見たことないかな?」  風呂の蛇口をひねりながら答えたら、リアは無言で、じぃぃぃぃと義手を見つめていた。 「触りたいの?」  冗談めかして言ったのに、リアは目を輝かせて、こくりと頷く。新鮮な反応だった。  義手を見ると、たいてい三年前の爆発事件を思い出されて、切ない目をされる。  あの時、俺は密告だと思った情報に騙されて、まんまと容疑者が仕掛けた爆破に巻き込まれた。部下も手足に怪我を負った。苦い記憶だ。  そんな暗い気持ちを知らないリアの瞳は、好奇心いっぱいだった。 「触っていいよ」  腕を差し出すと、リアはしげしげと義手を観察するように見てから触った。細い指先が機械の腕に触れる。信号が俺の体に伝わってきた。 「すごい……どうやって動いているんですか?」 「最近のバッテリーは太陽光。風呂のお湯を沸かすのも太陽光だよ」 「太陽の熱で……すごい。サイユでは未開発の技術です」 「帝都の空は汚染されているからね。最近では、自然エネルギーを活用できないかって話になっているんだよ」 「帝国は進んでいるのですね」  リアは目をキラキラさせながら、義手を見ていた。純粋な目で見つめられると、意地悪をしたくなる。 「義手ばかり見ているけどさ。俺の体の方には興味ないの?」 「へ?」  リアは目を丸くして視線の先を俺の胸の方に向けた。リアの顔がだんだんと、ヤカンが蒸気を噴き出すように真っ赤になる。  そして、両手をあげて、素早く後ろに下がった。面白くて、かわいい反応。 「お、おおおおお! お風呂の使い方はわかりました! 誠にありがとうございます!」 「体の洗い方はわかるの? 洗ってあげようか?」 「い、いいいいいえ! 殿下の高貴な手を汚すわけにはいきませんっ!」 「遠慮することはないよ」 「わたしの体は殿方に見せられるものではありませんからっっ!」  青ざめて首を振るリアに、眉をひそめる。 「見せられないって、どういうこと?」  リアはハッとした顔になり、言いにくそうに口ごもる。 「わたしの体は、殿方には好まれません……閣下にも不快な思いをさせます……」 「意味がわからない。不快だって思わないけど?」  どちらかというと好みの方だ。 「……胸が大きすぎて、下品な体と言われたことがありますから……」 「はぁぁぁあ? なに、それ」  不快を声に出すと、リアは目をぱちくりさせる。 「誰に言われたの?」  そう尋ねると、リアは泣きそうな顔をする。それで、元・婚約者だろうと察した。イライラする。 「体のことを、あれこれ言う方が下品だよ」 「え……?」 「忘れちゃいな。相手を思っていない言葉だ」  そう言うと、リアは目を赤くして、小さくほほえんだ。 「ありがとうございます」  その笑顔が痛々しくて、イライラはおさまらなかった。  リアは自分の体型を気にしていた。リアの体は背徳的というか、そそる体をしているのは間違いない。小柄だし。  それに、烙印が押された肩のことも気にしていた。だから、保安隊に入ってしばらくした後、俺の手に使われている人工皮膚の話をした。 「……烙印を消すのですか?」 「そう。無意識に気にしているみたいだから」 「えっ……そうですか?」 「肩、よく触っているよ」  指摘すると、リアは口を引き結んだ。あまり触れてほしくない部分だったのかもしれない。でも、彼女が罪の意識を感じるものは消した方がいい。 「手術は何回かに分けてやるし、結構、痛いけどね」 「――やります」  即決だった。リアはちょっとだけ泣きそうな顔で言った。 「わたしはもう、アメリア・ウォーカーですから」  そう言う彼女の真意は何だったのか。  サイユ王国のことを忘れたかったのだろうか。  リアは、リアなのに。 「ねえ、君のこと、リアって呼んでいい?」 「え?……なんで、ですか?」 「アメリアの愛称でしょ?」 「そうですけど……」  アランがしつこいぐらいにリア、リア、リアと呼んでいたから、アメリアと呼ぶよりもリアの方がしっくりくる。 「リアって呼ばれるの、嫌?」 「っ……嫌では……ございません」  にっこり笑ってみせると、リアの顔は面白いぐらい赤くなる。それが可愛くて、俺はリアの前で、よく笑うようになっていった。  リアは一回目の手術に耐えた。10時間にも及ぶ手術に泣き言ひとつ言わずに耐えたらしい。だが、手術代を見て顔が真っ青になっていた。 「……最新の技術って……高いのですね……」 「値段のこと? 俺が金を払おうか?」 「えっ! それは申し訳ないので、自分で働いて返します」  あっさり断られてしまった。  真面目で正義感の強い彼女は、俺を頼ろうとしない。それが好印象でもあるけど、もっと甘えてくれたっていいじゃないか。俺は上官なんだし。ねえ?  リアの真面目さは、保安隊の業務にもあらわれていた。  俺は容疑者に対して話し合いはいらないと思っている。短時間で確保するのが最優先だから、四の五の言わずに武力行使に出るんだけど、容疑者をいきなり殴ったら、リアが卒倒したのだ。 「申し訳ありませんっ!」  目覚めた彼女は謝っていたけど、顔色は真っ青だ。肩のあたりをしきりにさすっている。  過去の出来事を思い出させてしまったのかもしれない。その後、逮捕の時は手を抜き始めたけど、加減がわからなくて、リアにはずいぶん怖い思いをさせてしまった。 「閣下、もうちょっとお手柔らかに逮捕しませんか……?」 「あー、うん。わかった」 「あの閣下。せめて骨を折るのはやめませんか?」 「あー……うん。わかった」 「閣下! 殴る時は加減を……! レッドカーペットに鼻血がこびりついています! このカーペットを売れば、そこそこの値段になりますから、被害者への慰謝料の足しになるんです! お願いですから、いきなり殴るのはおやめください! 血は、なかなか落ちません!」 「あ、うん……わかった」 「閣下、お願いします。容疑者とは、わたしが話します。犯罪者に医療費をかけても無駄なだけです!」 「うん。わかったよ」  あまりに一生懸命、言うから、絆されたのは間違いない。  帳簿の番人。ポンサール家の出自のせいか、リアは税務に強い。その能力の高さ、被害者への対応を見ていると、彼女をないがしろにした第二王子に苛立つ。  リアは雨の日に寝込むことが多かったから、余計にだ。  熱を出すと、リアは泣きながら「ごめんなさい」を繰り返していた。彼女を見ては、歯がゆく感じた。 「リアが第二王子を許すと言っても、俺は許さないよ」  そうつぶやいて、義手を彼女の額にあてる。冷たい義手は気持ちがいいのか、リアの表情は少し、緩んでいた。  リアの冤罪に使われた爆弾はブックマンである可能性が高いのに、サイユ王国は歯切れが悪く、捜査は進んでいなかった。だから、アランから手紙が来たときは、もしやと思った。  検閲されることはわかっていたのだろう。アランが留学中に冗談で考えた暗号文を手紙に書いて、近況報告を装ってあった。手紙は、アランが逮捕される前に来た。  ――証拠は俺の部屋にあるチェストの中。  アランはアランでリアの冤罪を晴らそうとサイユ王国で証拠集めをしていたのだろう。アランなら、考えそうなことだ。黙っていられる男じゃない。 「アラン、借りができたね。とっとと返しに行くよ」  手紙を見ながら、義手の調子を確かめた。
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