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15 問題を先送りにしてほしくありません
シャルル王太子殿下は22歳で、閣下や兄と同じ年だ。
王太子殿下が待つ部屋に行くと、妃であるマーガレット様がいた。ふたりとも顔色が悪くて、疲労が隠せていない。
閣下が挨拶した後、わたしに気づいた王太子殿下は、ひゅっと息を吸い込んだ。マーガレット様は目を大きく開きながら、わたしの方へ近づいてくる。
「セ、リア……?」
皇帝陛下譲りの青い瞳が、赤くなっていく。マーガレット様に、泣きそうな顔で見つめられてしまった。
マーガレット様には、ずいぶんよくしてもらった。わたしにとっては、姉のような存在。たとえ、ブリュノ殿下のことがあっても、この方を恨む気持ちにはなれない。
切ない気持ちでマーガレット様を見つめていると、閣下が声をだした。
「姉上。彼女はアメリア・ウォーカー。セリア・フォン・ポンサールの代理人として来てもらった俺の部下。保安隊だよ」
わたしは淑女の礼はせずに、敬礼をした。
「マーガレット王太子妃殿下、お会いできて光栄です」
マーガレット様は瞳から一筋の涙をこぼした。彼女は慌てて、目元を押さえる。
「代理人……なのね……セリアを思い出してしまったわ……セリアには、サイユ王国に来たとき、とてもよくして、もらったのよ。なのに、わたくしは……」
マーガレット様が唇を震わせて、わたしに問いかける。
「セリアは、……元気?」
わたしはぐっと涙を飲み干して、口角を持ち上げた。
「元気にしています。今は仕事もしながら、帝国で暮らしています」
「そう……よかった……本当に、よかった……」
ハラハラと涙を流すマーガレット様。王太子殿下が労るように彼女を支える。マーガレット様をソファに座らせると、王太子殿下はわたしたちも座るように促した。
「遠い所をようこそ……弟が勝手をしたね……」
王太子殿下が沈痛な面持ちで、話しだした。
わたしが去った後の宮廷は、混乱を極めたらしい。王太子殿下夫妻が帰国した頃には、何もかもが遅く、議会がブリュノ殿下とリリアンの成婚を決めていた。
「父上は昏睡していて、国王代理であるはずの母上は議会に発言を封じられていた。セリア嬢のことを調べるよりも、弟の結婚と、マーガレットの懐妊という祝い事で、うやむやにしたんだ……」
王太子殿下は公爵家を守ろうとしなかったのだろう。警備の甘さを隠すために。
「アランは近衛に復帰したと、本人から聞きましたが」
「……アランは、マーガレットの警護をしていたが……本人からとはどういうことだ?」
閣下はブックマンのことを切り出した。
「アランから保安隊宛てに、指名手配犯の情報が届きました。帝国で調べた結果、爆弾魔ブックマンである可能性が高いです。セリア嬢の婚約破棄とも関係があります」
「……宮廷関係者に爆弾魔がいるのか……」
「そう見ています。ブックマンは技術者の家族を狙っていた頭のイカれた野郎です。技術者の邸宅に、自作の爆弾を3回も送っています」
閣下の声が固く、怒りに満ちていく。そして、わたしも知らない事実を語った。
「ブックマンは保安隊宛に、新しいテクノロジーを作り出した者たちへの恨みつらみを書いた投書を送っています。機械化は資源を破壊し、人を退化させると持論を書き綴っていましたね。――反吐がでる。やつは、本が好きな子供の手に、一生、残る傷をつけた」
閣下はブックマンの投書を全面公開し、情報を募ったそうだ。兄弟がブックマンを告発し、彼の居場所を突き止めたまではよかったが、突入した邸宅を爆破され、逃げられてしまったのだ。
「ブックマンと共に、弟家族も消息を絶っています。身元を調べたら、植物の研究者だと――」
王太子殿下が目を見張る。植物の研究者に、わたしも心当たりがあった。リリアンの父親だ。
「ブックマンの家の近所に住んでいた人の話では、やつは寡黙で、庭の草木を手入れしている人――です。そんな人物が宮廷内にいませんか?」
王太子殿下は眉根に深い皺を刻んだ。
「いるが、まさかという気持ちだな……」
「そうでしょうね。帝国からブックマンについての捜査協力を依頼しても、ずっといい返事を頂けなかったですし」
閣下は懐から、陛下の紋章が入った書状を取り出した。王太子殿下に差し出す。
「陛下から特命を受けました。帝都を騒がせた犯罪者を確保せよ。保安隊の捜査に、ご協力ください」
王太子殿下は瞠目し、口を引き結ぶ。
王太子殿下には、問題を先延ばしにしてほしくない。じっと返答を待っていると、閣下が切り札を出した。
「ご協力いただけない場合、武力行使に出ます。沖合に保安隊と海軍の船を待機させていますので」
王太子殿下がひゅっと息を吸い込んだ。閣下は冷淡な目のままだ。
「王国が帝国に攻められたと見られますが、よろしいですか?」
「待ってくれ!」
王太子殿下は苦汁を飲まされたような顔をした。
「……すぐに議員を招集する。一日だけ、待ってくれ」
「待てませんよ」
閣下の紅い瞳が王太子殿下を鋭く射抜いた。
「帝国は充分、待ちました。これ以上は、待てません。ご決断ください。未来の国王陛下」
王太子殿下は天を仰ぎ、しばし沈黙する。そして、わたしを見てから、深く息を吐き出した。マーガレット樣が王太子殿下の手を握り、声をかける。
「殿下、わたくしたちは過ちを正す時にきていますわ」
マーガレット様の言葉を受けて、王太子殿下は年相応の顔をした。それも一瞬だけ。
閣下と向き合った王太子殿下は、為政者の顔をしていた。
「わかった……捜査に全面協力する」
***
王太子殿下と閣下は病床につく陛下に謁見することになった。その後、招集されたサイユ王国議会に出席することになる。
わたしとペーターさんは待機を命じられて、滞在できる部屋に案内されることになった。
衛兵が黙々と歩いていく後をついていく。
二階へ上がろうとしたので、わたしは足を止めた。
「わたしたちの部屋はこちらなのですか?」
「そうですが?」
衛兵は顔をしかめて、面倒くさそうに答える。様子がおかしい。二階は、王族の執務室や会議室がある場所。他国の人間の、それも従者が、主もいないのに足を踏み入れる場所ではない。
「帝国大使の執務室は一階だと思いますが、なぜ二階なのですか?」
衛兵は舌打ちをして、わたしを階段の上から見下ろした。
「リリアン様がお呼びだ。そっちの男は必要ないのでここまででよい」
嫌な予感がして、わたしは微笑を顔に貼り付ける。
「王子妃殿下が、わたしをお呼びなのですね。なら、デュラン閣下に言ってください」
「は?」
マナーを知らない衛兵に告げる。
「上官の許可なく王子妃殿下に会うことはできません」
「……リリアン様の命だぞ」
「抗議があるなら、大使へどうぞ。わたしは帝国の人間です。王子妃殿下とはいえ、命令を聞く義務はございません」
「くっ……いいからこい!」
じれた衛兵が、大股で階段を降りてくる。ひょこっとペーターさんが衛兵とわたしの間に立った。
「サイユの衛兵って、ずいぶん質が悪いんですね。バカが多いんですか?」
そして真顔で、わたしに尋ねてくる。率直な感想に、わたしは苦笑いで、衛兵の顔は真っ赤だ。
「無礼だぞ!」
「どっちがですか。帝国人が仕えるのは、皇帝陛下のみですよ。アメリアさん、行きましょう」
「なっ! 待て!」
「いやあ、待てと言われて待つバカはいないでしょう」
ペーターさんがひょいとわたしを小脇に抱える。そして、猛ダッシュで走り出してしまった。
――まさか、あなたにまで荷物運びされるとは……
「閣下の言う通り、アメリアさんって運びやすいですね」
「ど、どどどど、どういうっ いうっ ことっ! です、か!」
「そして、抱きごこちがいい。これ、知られたら、閣下にぶん殴られそうだなあ。アメリアさん、抱いたことは黙っててくださいね」
「あばばばばっ!」
ペーターさんはわたしを抱えながら、大使の部屋に駆け込んだ。大使はげっそりしたわたしを見て、腰を抜かしていたけど、無事に部屋に案内してもらえた。
それにしても、リリアンがわたしに何の用だったのだろう?
満足げな笑顔を思い出し、無視を決め込むことにした。
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