2.嘘で取り繕うのは、やめましょう

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2.嘘で取り繕うのは、やめましょう

 マーカス伯爵家は経済的に困窮していた。豪邸を維持するだけの資金がなく、資産家の娘、つまりドロシー嬢の家と縁を結んだのだ。それが二年前。  婚約を機に資産家は伯爵家に援助し、学園を卒業後にふたりは結婚する予定だった。  しかし、8ヶ月前。学園にシャロンが入学した時に、デイビットの様子がおかしくなった。  そしてドロシー嬢が階段からシャロンを突き飛ばす事件が起こり、両家は破談となったわけである。ちなみに、ドロシー嬢は突き飛ばしていないと言っている。  事件の現場は、三人が通う学園だ。一階から二階に上がる階段で起こった。階段の途中には、踊り場がある。  シャロンは階段の手すりに掴まり「助けてー!」と泣いていた。数名の生徒が声を聞きつけ、彼女を助けた。シャロンは足を挫いて、擦り傷を負っていた。  ドロシー嬢はその時、階段の踊り場にいた。青ざめる彼女を指差し、シャロンは「突き飛ばされた!」と訴えたのである。  事件を聞いたデイビッドはカンカンで即刻、婚約破棄をしたのだった。 「目撃者はたくさんいた! シャロンは嘘をついていない!」 「そうですね。しかし、突き落とされたのなら、ミス・シャロンは背中から落ちるはずでは?」 「――は?」 「後ろから突き飛ばされたのなら、頭を打つほどの大ケガをします。ミス・シャロンのケガを見た医師の診断では、階段を降りる時に足を滑らせたのでは?ということでした」  デイビットがシャロンに尋ねる。 「確かに、あの女に突き飛ばされたんだよな?」 「あ、あのっ……」  シャロンはオドオドしながら答える。 「ドロシー様に挨拶したら、睨み付けられました……それで、怖くなって……急いで階段を降りて……その」 「つまり突き飛ばされた、という事実はなかったと」 「意地悪されたのは、本当です! デイビット様、信じてくださいっ」  シャロンは涙目になってデイビットを見つめた。デイビットは戸惑って目を泳がせる。 「ミス・シャロンが階段から落ちる前、ドロシー嬢と会話をしたのは確かです。ドロシー嬢も認めております。ですが、状況は全く逆です。ミス・シャロンの方からドロシー嬢に因縁をつけたのです」 「は……?」 「学園の掃除婦が、見ておりました。ミス・シャロンがドロシー嬢に絡んでいたところを」 「嘘っ! あの時、誰もいなかったわ!」  なるほど。誰もいないと思ったから、ドロシー嬢が突き飛ばしたと言っても、バレないと思ったのね。シャロンが掃除婦の存在を気にかけていなかったことが、よくわかる言葉だ。  ドロシー嬢は学園で働く掃除婦や庭師に挨拶していたそうだ。彼らもドロシー嬢のことを覚えていて、礼儀正しい令嬢と、好印象だった。  ドロシー嬢の日頃からの行いがよかったのだろう。現場を目撃した掃除婦は、勇気をだして、調査に来たわたしに事情を説明してくれたのだった。 「掃除婦は上から、ふたりを見ていたのですよ」 「う、え……?」 「掃除婦は、二階の階段の手すりを磨いていました。ミス・シャロンは階段を降り、ドロシー嬢は階段を上がった。  そして、ミス・シャロンがひとりで勝手に、足を滑らせるところを見ています。滑って転んだ腹いせなのか、大声を出し、驚いて階段を降りてきたドロシー嬢を見て、突き飛ばされた!と嘘を言った――というところでしょうか」  シャロンは蒼白な顔で無言になった。すぐに否定しないところを見ると、観念したのかもしれない。  何も言わないシャロンを愕然と見つめるデイビットに冷たく言い放つ。 「あなたはミス・シャロンの妄言を鵜呑みにして、落ち度のないドロシー嬢に対して、一方的に婚約破棄をしたわけです。ドロシー嬢は突き飛ばしていないとあなたに言ったそうですが、聞いてもらえなかったと、言っています。ドロシー嬢の話をまったく聞かなかったのは、なぜですか?」 「それ、は……」  デイビットは答えなかった。答えられないのなら、話を続けるまでだ。 「あなたはミス・シャロンに私的な贈り物をされていますね。最先端のドレスに、宝石まで……」 「……それは、ドロシーがいらないと言ったからで……」  デイビットがゴニョゴニョと見苦しい言い訳をはじめた。  ―まったく、そんな嘘が通用すると思ったのかしら? 「では、お古をミス・シャロンにお贈りしたのですね。それにしては、変ですね。ドレスを仕立てた店主の話では、ドロシー嬢は来店せず、ミス・シャロンとあなたのみだったと」 「それはっ……」 「ドレスの生地選びをするお二人は、腕を組み、それはそれは、仲睦まじい様子だったそうです。ミス・シャロンが靴をねだったら、あなたは喜んで購入されたとか」 「……シャロンが友人の誘いに着ていく服がないというから、それでっ……」 「まあ! ご友人のお誘いの場に、婚約者ではなく、ミス・シャロンを連れて行くためですのね!」 「あっ……」 「さぞかし楽しいでしょうね! 婚約者の資産で、他の女性を飾り立てるのは!」  イラッとして、ついつい大声を出しちゃった。こほんと咳払いをして、調査結果を説明していく。 「特にここ半年。ミス・シャロンとデイビット卿の姿が多く目撃されています。人目をはばからずに腕を絡め合っていたとか、キスしていたとか」  証言してくれたのは、学園で働く人々だ。学食のおばちゃん、掃除のおばちゃん、庭師のおじさん。学園長は、眉を顰めて彼らを見ていた。  手紙を届ける少年の話では、ドロシー嬢からデイビット宛に何通も便りがでている。一方、デイビットからは一通もない。 「調査の結果、デイビット卿は帝国法246条により、詐欺罪になります」 「はっ……な、なぜだ。私は詐欺などしておらん!」 「ドロシー嬢との婚約期間のうち半年は、婚約者としての義務を果たさず、誠意もなかった―と、陛下が認めました。  ドロシー嬢と結婚する気もなく、援助金を騙しとったと判断されたのです」  わたしはニッコリと微笑む。  もちろん嫌味で。 「あなたのしたことは結婚詐欺ですよ」  デイビットは美貌を歪めた。 「そん、な……わ、私は、騙されたんだ。シャロンが嘘を吐いているなど思いもしなかったんだ!」 「婚約者ではなく、他の女性を信じたからでしょう。いい勉強になりましたね」 「なっ……!」 「デイビット卿は爵位のある家の令息。それに、十二歳を越えておりますので炭鉱行きです」 「はっ……この私に貧民どもと同じことをしろというのか?!」 「彼らと同じ立派な労働者になれます。一日一食はでますし、雨風をしのげる宿舎もあります。ドロシー嬢への慰謝料が払い終わるまで働いてください」  炭鉱行きの罰則は、爵位を持つ家の学生に限ることだ。残念ながら、親の金にものを言わせて、学生のうちに好き放題するという令息や令嬢は一定数いる。  慰謝料を請求しても、親が払ってしまい彼らの懐は痛まない。ならば、社会勉強ということで、炭鉱への労働が課せられることになったのだ。刑期は慰謝料とプラスアルファのお金を返し終えるまで。  これを考案したのは、皇后陛下だ。  沙汰が書かれた陛下からの封印状を渡すと、デイビットは絶句していた。ふらりとよろめき、ソファに腰を落とす。  さすがにまずいと思ったのか、マーカス伯爵が声を荒らげた。
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